「やだよ……そこ、通して」

「まぁまぁ、そんなこと言わずに」

「あ、返して! ぼくの財布!」



 空が紺と茜のグラデーションに染まる頃。

 苑依姫の話をしたあと、東雲はすぐに柚月を現世へ戻した。

 つまり、明日の予定説明だけしたかったらしい。
 そんなら、当日に早めに呼び出してくれよと思う。



「おー、こりゃすごい」

「今日はツイてんな」



 ひとつ溜め息が零れる。
 もっとも、向こうの事情で呼び出されるのだから文句を口にしたところで無意味だろうが。

 憮然とした面持ちの柚月は、道端の小石を蹴る。
 待ちに待った帰途だというのに足取りはとても重い。



(……この状況が、ムカつくわ)



 腹立たしいこと、この上ない。
 東雲にとって、自分は都合のいい人間でしかないのだ。

 ただでさえ、非現実的な事態が日常的に起きているというのに。
 一方的に利用されるという東雲との関係が、柚月とって耐えがたい苦痛だった。