「……ありがとう」



 勇気をふり絞って、口にした感謝の言葉。
 いつも言おうとして失敗してきた言葉。

 皮肉げに笑われたっていい。
 ここで口にしなければ、柚月はまた後悔する。



 そう思っただけなのに。


 東雲は横目で笑うだけだ。
 普段の意地悪な表情ではなく、柔らかな雰囲気を纏わせて。



「完全に幻術が消失するまで、まだ間がある。好きなだけ見ていくといい」




 かけられた言葉はどこまでも優しくて。
 歩き去る後ろ姿を、柚月は茫然と見送った。





(こんなの、反則じゃん……)




 一歩も前へ進んでいない。
 解決もしていない。


 自分の気持ちだって、わからないまま。




 でも、東雲が初めて柚月のためしてくれた。




 悪かったと言って。
 白夜を預けて。
 桜の花を見せてくれただけ。



 たったそれだけで、今までの不満はどこかに消え失せてしまった。



 顔をあげれば、風が吹く。
 幻影の花が揺れ、吹雪のように花弁を散らす。



 いつの間にか、手の中にいる白夜は眠りにつく。

 幻の花弁が消えるまで、柚月はその場に立ち尽くした。