4月、入学式の翌日。
真新しい制服に身を包み、大きな期待と少しの不安を胸に秘め、今年も新入生がやってきた。
私も2年前はあの中の一人だったな、と思うと、懐かしい感情がこみ上げ、自然と口元が緩む。
あぁ、なんだが先生に早く会いたくなってきた。
新入生たちのはしゃぐ気持ちが移ったからだろうか?
私は衝動的にそう思うと、音楽準備室へと足を早めた。
今日は火曜日、先生に会える日。
火曜日の朝と木曜の放課後は、先生の受け持つ吹奏楽部の練習もなく、生徒も来ない。
そのため三階にある音楽準備室で私たちは誰にも見つからないように注意しつつ、密かに会っていた。
うちの音楽室は準備室まで防音で、ドアを開けられない限り、誰かに話し声を聞かれる心配もない。
それに音楽室は生徒たちの教室がある棟から少し遠く、先生が人気とはいっても滅多に人は来なかった。
「先生!」
「あぁ、日向、おはよう」
「おはようございます」
ノックしてから準備室のドアを開ければ、椅子に腰掛け本を手にした先生が待っていた。
そんな先生に私は駆け寄る。
「なんだ、今日はご機嫌だな」
「分かる?」
まぁな、と彼は微笑む。
「一年生見てたらさ、なんだか自分がここに入学した時のこと思い出しちゃってさ。私が先生に一目惚れした日。私ね、入学式の後、先生がクラス担当じゃなくて、しかも隣のクラスの副担ですっごくがっかりしたの。今でも憶えてる」
入学式のクラス担任発表の時、先生の姿はすぐに見つけてしまった。
そして名前を呼ばれた時、名前を知れた喜びと、隣のクラスの副担任と言う事実にショックを覚えんだ。
「だが、お前はよく俺のところに質問しに来てたな」
「だってもっと先生のこと知りたかったんだもの」
職員室に行くたび、先生の姿を目で追いながら、先生の机のものを見つつ話しかけるきっかけを必死で探してた。
「もっとも、最初はそれが恋だとは思ってなかったんだけどね」
「そうなのか?」
「当たり前じゃん!相手は先生だし、絶対報われないし、一線を超えない程度にがんばってたんだから!わざと騒いで、いかにも軽い感情って感じに表現して、周りにも本気じゃないって思われるようにね」
それは初耳だ、と先生は少し目を見開いた。
私だってそれなりに考えてたんだよ、と私が頬を膨らますと、悪い、と言って反対に先生は笑った。
実際、先生を本気で好きだと思ったのは文化祭の始まる前、春と初夏の中間ぐらいの季節だった。
「でも、私願いが叶ったんだね。幸せ過ぎて、罰が当たりそう」
「…俺もだよ」
椅子に座る先生に後ろから抱きつくと、先生も私の腕を抱きしめた。
「俺は、お前がいれば他には何もいらない。お前だけを求める。大の大人が、こんな年下の少女に夢中など、滑稽な話だがな。だが本当にお前の幸せを願うなら…」
「言わないで。私の幸せは先生だよ。もっと滑稽になって。私だって、先生がいれば何もいらないんだ」
「…そうだな。それに俺も、もうお前を俺から放してやることは出来なさそうだ」
グイッと腕を引かれ、私はバランスを崩すと、そのまま自然と先生の膝の上に座る形になる。
先生の黒い瞳に少し驚いている自分の姿が映る。
「…お前を愛してるよ、雪」
「うん、私も大好き」
いつ、どこで誰に見られるかもわからない緊張感のある中。
先生は私にそっとキスをした。

