「なんか、お父さんみたい」
ヘラッとはにかみならがら微笑めば、ピタリと先生の動きがとまる。
「……俺はそんなに年取ってないし、お父さんではなく恋人なはずなんだが…」
「あ、ごめんそんなつもりで言ったんじゃないの。ただ…」
「ただ?」
「…私のお父さん、単身赴任って言ったでしょ?ただでさえ会うこと少ないのに、あの人、私にあまり関心ないみたいなんだ」
先生が少し驚いたのが雰囲気でわかる。
「子供に関心持てない親っているでしょ?別に嫌われてるわけじゃないけど、あの人は他人に関心もてないの。そのせいで母親とは喧嘩ばっかり」
父は正しい人だ。
正論しか言えず、妥協のできない人。
そして、自分の弱さを認めたくなくて、認めると負けるような気がしてしまう、そんな弱い人だ。
父は、他人に自分がなぜ理解してもらえないのだと叫び、母と衝突を繰り返していた。
母はそんな父を理解しつつ、なだめるも、父には母の思いは届かず、一方的に怒鳴り散らしていた。
「私は母親を守りたいと思うけど、子供の私には何にもできなくて、いっつも部屋に閉じこもって逃げるの。庇いたくても、私がお母さんを庇うと、お父さん余計に怒るから」
とにかく父は、自分で手一杯な人なのだ。
「母親もそんなに人を褒める人間じゃないし、父親もそういうわけだから、私、誰かに褒められたことってあまりないの。だから誰かに褒められたり、頭撫でられたりすると、気恥ずかしいけど、嬉しいんだ」
ちなみに以前似たようなことを奈緒にいった時、お前より若い、と頭を肌はたかれたと話すと、先生はフッと笑った。
「私ね、もし子供ができたらいっぱい褒めてあげるって決めてるの。弱いところも含めていっぱい、いっぱい。それで、自分の弱さを認められる強い人になって欲しい。あ、でも、褒められ慣れてない私が、誰かを褒めるのは難しいかな」
そう言うと、先生はコロコロ転がる椅子に座る私を椅子ごと引き寄せ、そっと抱きしめた。
「少なくとも、俺よりは人を褒めるのうまいと思うぞ。お前はきっと、いい母親になる」
「…だといいな。そしたら、先生はいい父親だね。きっと娘ができたら溺愛だよ。私、娘に嫉妬しちゃう」
「ならば俺は息子に嫉妬するな。お前はきっと、とても好かれるだろうから」
「じゃあ女の子と男の子、2人いればちょうどいいね」
背中に腕を回しながらそんなことを喋れば、そうだな、と言って、先生は私の髪を梳く。
暖かく穏やかな春の日差しがふりそそぐ中、同じように流れるこの時間が永遠に続けばいいと願った。
そんなこと、神様が許してくれるはずもなかったのに。
この時の私は、どうしようもなく幸せで、これから起こることなんて、考えられるはずもなかった。
ただただ、幸せを噛み締めていた、穏やかな春の、そんな日。

