ねぇ、先生?


瞬間、思考が完全に停止した。

それは私が待ち望んでいた言葉であり、同時に絶対に得られないと覚悟していた言葉であったからだ。


先生は再び私を抱きしめ直す。今度は、強く。




「だがお前は生徒で、歳も一回りぐらい違う。だから、俺も今日でお前を想うのは最後にしようとしていたんだ」




ピアノを弾く先生の姿が脳裏に蘇る。

あぁ、私の気持ちと合うように聞こえたのは、先生の気持ちと同じだったからなんだ。





「この気持ちに、別れを告げるつもりだった」




絞り出すような声で、先生はそう呟いた。




「俺とお前は決して許される関係じゃない。不自由な事も多い。辛い思いをさせてしまう。同じ年頃の奴と一緒にいる方が絶対に幸せだと思う」




私は先生の腕の中でゆっくりと、首を振る。




「先生と一緒の方が良い。先生じゃなきゃ嫌。先生の側が、一番幸せだよ?温かくて、優しい先生の側が」


「…俺は、お前の考えるほど出来た人間ではない。…弱い人間だ」


「先生は強いよ。先生が時々何かに悩んでいたのは知ってる」




あれは本当に偶然だった。

偶然、見つけた先生は、たった一人残った教室で拳を握りしめて立っていた。

声をかけようとしたけれど、その表情を見たら、声をかけることなんてできなかった。




「…でも自分の弱さを知ってる人間は、やっぱ強いよ。それに先生はすごく優しい。厳しいのは、優しいからだよ」




そう言うと、私はそっと先生の背中に腕を回す。
先生の腕にも力が入る。





「…神様に怒られても、私は先生が好きだよ」


「……あぁ、俺もお前のことが………好きだ」





雨が降る、寒い冬。2年近く続いた片想いに終止符が打たれた。

他には何もいらないと思った。

あなたがいれば、もう何も望まないと。

それが一番、許されないことだと、十分に理解しながら…。