好きになんか、なってやらない

 
「陽平……か……」


低い声でつぶやかれた名前。

何か意味深に聞こえたけど、それを問いただすには空気が変わりすぎて
あえてそれには気づかないふりをした。


「顔洗ってきます」


少しだけ、岬さんと離れたい。

それに何より、今の私は本当に寝起きのまんまだ。

今さら化粧までする気はしないけど、ボサボサ頭と顔くらいは洗っておきたい。


何も返事をしない岬さんを置いて、一人洗面所へと向かった。


バシャバシャと水で顔を洗い、手元にあったふわふわのタオルで顔を覆う。
「はぁ…」とため息とともに、タオルを外すと、目の前の鏡に映った自分の後ろには、岬さんの姿があった。


「急に背後に立たないでください」
「じゃあ、立つよ」


ひねくれてる。
嫌味のように断って、彼は私との距離を詰めた。

離れて立っていたはずの彼は、最悪にも私のすぐ後ろに立ってしまい……


「なあ」
「なんですか」


あまりにも近い距離に、少し構えつつも、
意識してしまっていることを悟られたくなくて冷静に応えた。



「なんで玲奈は、俺のこと名前で呼ばないの?」



聞かれた質問は、あまりにも予想外すぎて、目を丸くして振り返った。