その日、私は朔と初めてキスをした。
白い壁には、八月のカレンダーがかかっているだけだった。

「明日から新学期だな」

青白い朔の頬が、ほんの少し赤くなってる。

「皆きっと驚くね。朔が入院してるって知ったら」

照れ隠しに目を逸らした。

「入院の理由話すなよ、真由」
「話すワケないじゃん!夏休み中に階段から転げ落ちて膝骨折したなんて!」

マヌケ過ぎ。話にもなんないよ…と笑う私を、朔は真面目な顔で見てた。

「なぁに朔、その真面目くさった顔。らしくない」

頬をつつく私に向かい、寂しそうな目をする。

「そうだな…」

その顔からは、笑顔が消えてる。

「新学期始まったら、毎日真由に会えなくなるな…と思ってさ…」

深い溜め息ついて横になる。そんな朔に顔を近づけた。

「何言ってんの!私は明日も会いに来るよ!」
「バカ、そんなのできるワケないだろ。体育祭すぐなんだぞ!マーチングの練習あるだろうが!」

朔の言葉で思い出した行事。コンクール以降、部活ではマーチの練習ばかりしてた。

「…と言うことは、土曜日までここに来れないってこと⁉︎ うそっ!やだぁ!」
「やだ言うな!しようがないだろ!ブラス優先!」

当たり前のような言い方をする朔に膨れ面して見せる。

「…じゃあ次、私が来るまで約束して!きちんと食事するって!」

点滴棒指差した。

「こんなので水分補っちゃダメ!ちゃんと口から入れないと!」
「はいはい。分かってるよ。でも食欲も何も湧かねーんだ」

入院して二週間。朔はずっと発熱が続いてた。
胸がムカムカして気分が悪いと言い、水すらも多く飲めないでいた。

「何か口にできそうな物ないの?アイスとか、氷とか」

何か買って来ようか?とサイフを取り出す手を止める。

「あるよ。真由のキス」
「ばっ…ふ、ふざけないで!」

照れもせず、よくそんなことが言える。

「ふざけてねーよ」

真面目ぶった朔の顔がすぐ近くにあった。

「オレはずっと真由とキスしてたい。それ以外は何もいらない」

見つめる瞳に胸が熱くなる。
その言葉に、そっと目を閉じた。

朔と…

キスをしたのはそれが最後…

話をしたのも、それがラスト…

私達の時は、その日を境に

完全にストップしたーーーー