「待ってるよ。よろしく頼むね」

声の主が喜んだ。

「私これから上司の家に行くっ!また会おうね!」

電話を切って走り出そうとする。呆れ顔した三人が、口々に声をかけてきた。

「転げんなよ!」
「楽団の練習日、また教えるから!」
「気をつけてね真由!また会おうね!」

振り向いて三人に手を振る。どんな時も、皆がいたから乗り越えられた。

「ありがとう!三人とも大好きよ!」

彼らがいる場所が私のいる場所。今日からまた、音の世界が始まる。
大きく前進。目の前に広がった道が、明るくて眩しかったーーー。




「どうぞ」

湯気の中に漂うハーブの香り。三浦さんの奥さんは小柄で可愛い感じの人だった。

「いきなり押しかけて来てすみませんでした…」

思いつきで来た事を謝る。でも、三浦さん夫婦は喜んでくれた。

「小沢さんが覚えているとは思ってもいなかったから嬉しかったよ」
「私も生演奏初めてだからとっても楽しみです」

膝の上で花音ちゃんをあやす。会社では切れ者の上司も、家では子煩悩なパパさんだ。

「じゃあ早速吹いてみます」

フルートを組み立てる。花音ちゃんは生まれて七ヶ月。お座りが上手になっていた。

「何かリクエストありますか?」

難しい曲は吹けないけど、好きな曲があれば…と思った。

「特にないけど…」
「優しい気持ちになれる曲がいいかな…」

女の子のママさんらしい言葉。

「じゃあ『星に願いを』にします」

夢や希望をいっぱい持っている花音ちゃんと、そのご両親に捧げる曲。
三浦さんの記事に出会ったからこそ今がある。
それに感謝して奏でたい…。

「素敵!お願いします!」

小さな拍手に立ち上がる。一礼して吹き始める優しい曲。
幼い頃、窓辺を見る度にいつも願っていた思い。それを込めて贈ろう…。


夜空に輝く一等星。
夕日が落ちると光は増し、どれよりも早く闇を照らす。
流れ星のように消えたりしない代わりに、力強く空に瞬き、何でも望みを叶えてくれる魔法の星。
何かある時には晴れを祈り、好きな人が出来たら思いが届くことを祈り、会えない時は夢の中で会えることを願い、歩き出した今日からはきっと、明日が来ることを願う…。
いつも笑顔でいられるように…。これまでとは違う未来が待っているように…。
限りない幾つもの願いを、そのパワーが叶えてくれると信じている。
皆の願いを、叶えてくれると信じている…。

曲に寄せる思い。
いつの日かそれが、あの人と同じように語れるようになれたらいい…。
言葉のように音で、思いを伝えるようになれたらいい…。


曲に合わせて身体を揺らす奥さん。
メロディーに合わせて、子供をあやす三浦さん。
いつか私もこの人達のように、幸せな家庭を築きたい…。

フルートを吹きながら、これから先の自分に思いを巡らせる。
広がっていく世界の扉を一つ一つ開けていくように…。