九月六日は朔の七回目の命日。
今日の為に皆、休みをもらって集まった。
「今年はお父さんと二人だったから良かったわ。皆が来てくれて」
お母さんが嬉しそうに出迎えてくれる。
お線香を一人一人上げて手を合わせる。高二の朔は相変わらずの笑顔で、私達と対面した。
「あの…今日は私、朔にフルートを吹いてあげたいと思ってるんですけど…いいですか?」
驚かれた。お母さんは私がブラスをやめたことを、三人から聞いて知っていたから。
「いいわよ、勿論!聞かせてやって!」
喜んでお願いされた。
恐縮しながら準備を始める。その様子を、お母さんはワクワクしながら見つめていた。
春先のあの日、四人で集まってからこっち、毎日毎日、今日の為だけに練習を積み重ねてきた。
朔との別れに見合う演奏が出来るようにと、丁寧に丁寧に音を紡いできた。
誰にも聞かれない場所で、じっくり朔と向き合いながら……。
「ちょっと音階練習させて下さい」
朝も起きてから暫く、フルートに息を吹き込んでた。
あの水野さんの工房で久しぶりに人前で吹いた時よりも、音は大きく出て腹式呼吸もマスターしていた。
指は以前と同じ位動くようになったし、幾つかの曲も吹けるようになった。
「真由スゴイ!また上手になったね!」
月に一度、練習に付き合ってくれた夏芽がはしゃいだ。
「五ヶ月前とは大違いだな」
「真由子頑張れ!」
ハルとシンヤの声に照れる。
「じゃあ…吹かせて頂きます」
少しドキドキする。朔の遺影に向かって一礼。それから集まった人達にも頭を下げた。
小さな拍手が起こる。それを止めるように楽器を構えた。
演奏するのは中二の頃、文化祭で吹いた曲。
『上を向いて歩こう』
私達の知らない歌手が生きていた頃に歌って、世界中で流行ったんだと当時の部活顧問から教えられた。
寂しいのに前向きな歌詞と明るい曲調が好きでよく吹いていた。
「真由にピッタリな曲だな。上手いよ」
朔の褒め言葉は単なるお世辞かと思っていたけど、いつもリクエストされた。
元気が出るから吹いてくれって…。
(朔…今日は私も元気になりたいの。だから、しっかり聞いといて…)
奏で始めた音の中に積み重なっている想い。
あの七年前の今日、いきなり宣告された死。
足元が崩れる様な恐怖に襲われて、全てを拒絶した。
(朔が急にいなくなって、私の心の中は空っぽになったよ…)
中学時代の初めての出会い。交わした言葉。朔の笑顔。初めてのキス…。
全てが昨日のことの様に思い出せるのに、朔はいなくて会えなくて…。
心の穴からドンドン涙が零れ落ちて、いつまでも経っても塞がらなくてカラカラなままだった。
朔に関係してること全てから逃げ出して、現実を思い知ろうとしなかった。
別れるなら朔からでないと、朔がサヨナラを言ってくれないと…。
そんな風にしか思えなかった。
(でも間違ってたね…朔はちゃんと生きてたんだね…)
私が長いこと避けてきた音の中に。楽器の中に。ブラスという音楽の中に…。
朔はずっと生きてて、この日が来るのをきっと待っていてくれた。
私が歩き出す日を。涙を流しながらでも、上を向いて歩く日を…。
もう二度と戻ってこないからこそ、歩いて行って欲しい。
一緒に過ごした時間があるから、きっと歩いて行ける。
そう信じてくれていた…。
(長いこと待たせたけど、私、歩き出すよ…)
今日で一旦お別れ。でも、これからもずっと好きでいる。
胸の一番奥に朔をしまって、大切にとっておく…。
(サヨナラ朔…今日から私、自分の為に生きるね…)
明るい曲だから、明るい気持ちで別れたい。
今日が最後だけど、完全にサヨナラじゃない。
いったん区切りを付けるだけ。朔との思い出にピリオドを打つだけ。
今日の為に皆、休みをもらって集まった。
「今年はお父さんと二人だったから良かったわ。皆が来てくれて」
お母さんが嬉しそうに出迎えてくれる。
お線香を一人一人上げて手を合わせる。高二の朔は相変わらずの笑顔で、私達と対面した。
「あの…今日は私、朔にフルートを吹いてあげたいと思ってるんですけど…いいですか?」
驚かれた。お母さんは私がブラスをやめたことを、三人から聞いて知っていたから。
「いいわよ、勿論!聞かせてやって!」
喜んでお願いされた。
恐縮しながら準備を始める。その様子を、お母さんはワクワクしながら見つめていた。
春先のあの日、四人で集まってからこっち、毎日毎日、今日の為だけに練習を積み重ねてきた。
朔との別れに見合う演奏が出来るようにと、丁寧に丁寧に音を紡いできた。
誰にも聞かれない場所で、じっくり朔と向き合いながら……。
「ちょっと音階練習させて下さい」
朝も起きてから暫く、フルートに息を吹き込んでた。
あの水野さんの工房で久しぶりに人前で吹いた時よりも、音は大きく出て腹式呼吸もマスターしていた。
指は以前と同じ位動くようになったし、幾つかの曲も吹けるようになった。
「真由スゴイ!また上手になったね!」
月に一度、練習に付き合ってくれた夏芽がはしゃいだ。
「五ヶ月前とは大違いだな」
「真由子頑張れ!」
ハルとシンヤの声に照れる。
「じゃあ…吹かせて頂きます」
少しドキドキする。朔の遺影に向かって一礼。それから集まった人達にも頭を下げた。
小さな拍手が起こる。それを止めるように楽器を構えた。
演奏するのは中二の頃、文化祭で吹いた曲。
『上を向いて歩こう』
私達の知らない歌手が生きていた頃に歌って、世界中で流行ったんだと当時の部活顧問から教えられた。
寂しいのに前向きな歌詞と明るい曲調が好きでよく吹いていた。
「真由にピッタリな曲だな。上手いよ」
朔の褒め言葉は単なるお世辞かと思っていたけど、いつもリクエストされた。
元気が出るから吹いてくれって…。
(朔…今日は私も元気になりたいの。だから、しっかり聞いといて…)
奏で始めた音の中に積み重なっている想い。
あの七年前の今日、いきなり宣告された死。
足元が崩れる様な恐怖に襲われて、全てを拒絶した。
(朔が急にいなくなって、私の心の中は空っぽになったよ…)
中学時代の初めての出会い。交わした言葉。朔の笑顔。初めてのキス…。
全てが昨日のことの様に思い出せるのに、朔はいなくて会えなくて…。
心の穴からドンドン涙が零れ落ちて、いつまでも経っても塞がらなくてカラカラなままだった。
朔に関係してること全てから逃げ出して、現実を思い知ろうとしなかった。
別れるなら朔からでないと、朔がサヨナラを言ってくれないと…。
そんな風にしか思えなかった。
(でも間違ってたね…朔はちゃんと生きてたんだね…)
私が長いこと避けてきた音の中に。楽器の中に。ブラスという音楽の中に…。
朔はずっと生きてて、この日が来るのをきっと待っていてくれた。
私が歩き出す日を。涙を流しながらでも、上を向いて歩く日を…。
もう二度と戻ってこないからこそ、歩いて行って欲しい。
一緒に過ごした時間があるから、きっと歩いて行ける。
そう信じてくれていた…。
(長いこと待たせたけど、私、歩き出すよ…)
今日で一旦お別れ。でも、これからもずっと好きでいる。
胸の一番奥に朔をしまって、大切にとっておく…。
(サヨナラ朔…今日から私、自分の為に生きるね…)
明るい曲だから、明るい気持ちで別れたい。
今日が最後だけど、完全にサヨナラじゃない。
いったん区切りを付けるだけ。朔との思い出にピリオドを打つだけ。