Sweet Lover

「それにしても」

ドアまで歩いた響哉さんが、足を止めて振り向いた。

「馬鹿みたいに広すぎる屋敷だろう?
 ここには毎日、いろんなことを頼みに来る奴らが大勢居る」

響哉さんは静かな口調で語り始めた。

「言葉巧みに無理難題を押し付けるヤツ。腹黒いヤツ。もちろん、本当に助けを必要としているヤツも、ね。
 それを全て見極める術なんてない。
 だから、他人の言うことなんて聞いちゃいけない。
 己を信じて突き進まないと、道に迷った挙句、誰かのせいにしないといけなくなる」

だからね、と、響哉さんの唇が苦笑で歪んだ。

「だから、ワガママで自己中であるべきだと、俺はそう教わった。
 それに忠実に生きてきたつもりだ。
 だけど――」

響哉さんは言葉を切って、一瞬、天を仰いだ。

そうして、人間が誰も足を踏み入れたことが無い深い山奥にひっそりと存在する湖の如く澄み切った瞳で私を見つめた。

「道に迷って全てを失うとしても、俺は――。
 マーサの言葉にだけは耳を傾けたい」