「――脅されてるの?」

お弁当を広げながらそう尋ねる。

響哉さんは、いつものことだよ、となんでもない口調で言い優雅に微笑む。

「リチャードソン監督って知ってる?」

「知ってるよ、どう――」

どうして? と、聞こうとした響哉さんが唇を閉じた。
眉間に寄せた微かな皺を私は見逃さなかった。

「佐伯先生に向かって、マインドマスターって言ってたから」

「黒幕、か。
 そういえば、彼の映画で、序章で主人公が、自分が黒幕だと告白するシーンがあったっけ。
 相変わらず手の込んだことが好きな人だ」

響哉さんは食べ終わった弁当箱を片付けながらひとりごち、携帯電話を取り出した。

「お疲れ。
 何やってるの?」

電話の向こうで怒鳴り声がする。

「誰のせいでこんな目にあってると思ってるわけ?」

漏れ聞こえた声は、佐伯先生のもの。
響哉さんは電話を耳から離して、私に苦笑を送ってくれた。

「そういう宿命なんだよ。諦めろ。
 俺? マーサ次第でどっちでもいいって言っといて」

――私次第って?

急に私の名前が出てきてびっくりして顔をあげた。

「響哉さん、私がどうかしたの?」

「まさか、リチャードソンがここまで来ると思わなかったからね。
 マーサさえ良ければ、一度アメリカに戻ろうとは思ってたんだ」

響哉さんは、来週の休日何処に遊びに行くかについて話し合うかのような、軽い口調でそう言った。