「磯部がどう思っているかは知らないけど。
 俺個人で言えば、別に響哉の命令に従って、嫌々ここに居るってわけでもない」

先生は珍しいほど真面目な視線を私に投げて、そう言った。

「丁度研究に行き詰っていた時期だったから、タイミング的に、数年間そこを離れてみるのも悪くないってとこだったし。
 それで、響哉にここを紹介してもらったようなもんだよ。しかも、期間限定だし仕事内容も色々と便宜を図ってもらった上に、給料は破格。
 ね? 俺にとっても好都合」

先生はそう言って笑ってみせる。

「梨音だって、別に、そんなこと頼まれなくたって私とは親友だって言ってたもんっ」

私は小さく言い添えた。

よしよし、と、響哉さんは幼子にするように、私の髪の毛を撫でる。

「納得してくれたかな?
 お姫様。
 これでようやく、寝てくれるね」

先生が視線を逸らしたのを知ってか知らずか、私の頬に音を立ててキスをする。

「……響哉さんっ」

「なぁに、マーサ?」

私が動揺で声を上擦らせながら文句を言おうとしているのに、涼しい顔で微笑んでくるんだもん。

本当にズルい。

それとも、私が知らないだけで世の中の恋人たちというものは、こう、終始、人目も憚(はばか)らずにベタベタラブラブしているものなのかしら……。