「どうして、梨音に私の監視なんて押し付けたの……?」

「え?」

響哉さんは驚くように言うと、私の瞼を覆っていた手を離し不思議そうな顔で私を見た。

「お父さんの出世と引き換えに梨音に私を監視しておくように頼んだんだよね――?」

小さな声に、響哉さんは眉根を寄せた。

「あの子、そんな風に思ってたんだ――」

呟いた後、私に視線を移すとふんわりと唇を解いて甘い笑みをこぼす。


「それは梨音ちゃんの勘違い。今の俺にそんな力があるわけない。
 彼が出世したというなら、それは実力だ。
 この不景気の時代、そんな理由で人を出世させていては、会社が潰れてしまう」

「……梨音の勘違い?」

「そう。
 いつか機会を見て、俺からちゃんと説明しておくから、心配しないで」

大丈夫だよ、と。
響哉さんは私の頭にキスをした。

「でも、梨音とか、佐伯先生とか……。
 私がここに居るから、様子を見ておくように頼んだのは響哉さんなんでしょう?」

ガラリと、保健室のドアが開く。

「真朝ちゃん。
 それは誤解」

その声は、佐伯先生のものだった。
そして、ベッドの見えるところまでやってきて、深いため息をつく。

「……こちらのベッドはお一人でご利用いただけますか? ついでにいえば、うちの生徒以外に使用許可なんて出した覚えはないけどなぁ」

響哉さんに向かって、呆れた視線を投げながら、皮肉をたっぷりこめて言う。

「俺とマーサは二人で一つだから……」

喋りかけている響哉さんに向かって、佐伯先生が何の前触れもなく何かを投げつけた。
響哉さんは、素早く片手でそれを受け取る。

あまりにも急なことで、私は瞳を閉じることさえ出来なかった。