そんなことを思っていたら、ノックもなくドアが開いた。

「調子、どう?」

響哉さんは、いつもと変わらぬ極上の笑顔を浮かべて私を見た。

「うん、もう大丈夫。
 それより、響哉さん、聞きたいことがあるんだけど――」

お弁当を片付けようと立ち上がった瞬間、くらりと目が回った。
倒れる前に響哉さんの腕の中に閉じ込められて助かった。

「なんでも聞くといい。
 ただし、少し休んでから」

優しく頭を撫でる大きな手。耳に注がれる蕩けそうなほど甘い声。
ひょいと私を抱き上げると、そっとベッドの上へと置いた後、ジャケットを脱いで私の隣に横たわる。

そんなに上等とは言い難い簡易ベッドが、ぎしりと軋んだ。

「ちょ……響哉さん」

「そんなに寝つけなかったなら、遠慮せずに声を掛けてくれれば良かったのに」

当たり前のように、頬にキスをして長い指で私の顔をなぞりながら言う。甘い吐息が耳に触れ、ぞくりとした。

「だから、今は寝つくまで傍に居てあげる」

大きな掌がゆっくりと、私の瞼の上を覆う。
自然と目を閉じてしまった。

このまま、眠ってしまったら、何もかも、なかったことにならないかしら――
とんとんと、リズミカルに背中を叩く手が懐かしくって愛おしい。


だけど、脳裏にさっき見たばかりの梨音の悲しそうな表情が浮かんでくるから、どうしてもそれを無視することなんてできなかった。