「そこで、私以上に驚いたのが父親だったって言うわけよ。
 割とグループの中でも中枢企業にいるらしく、当時は一般の社員だったんだけど、どこかで須藤家の【次期当主】を見たことがあったようなのよね」

「やっぱり、響哉さんがその【次期当主】ってこと?」

私に向かって【次期当主の婚約者】と言った、佐伯涼太医師の言葉を思い出す。

「噂によると、本来は、家を絶やさないために、二十代のうちに男の子を作って初めて当主と認められるみたいだから、今どういう立場なのかは良く知らないけれど……。
 少なくとも、当時は間違いなく【次期当主】だったわ」

梨音の話は私が想像できる「普通の家」の範囲を軽々と、しかも、大幅に飛び越えている。まるでドラマの中の話みたいで、全然ぴんとこない。

「それで、うちの父が色気を出したのか、こっちの視線に気づいた須藤響哉が話を持ちかけてきたのか……。
 細かいことまでは知らないんだけど、結果的には私、真朝の傍に居てやって欲しいって頼まれたんだよね。
 その代わり、父親の出世は保証するとかなんとかで……」

言って、梨音は視線をそらす。

罪悪感でいっぱいなのか、その瞳は涙が薄っすらと滲んでいた。

「大丈夫よ、梨音。
 梨音と仲良しなのは、響哉さんの命令のせいなんかじゃないって、私は信じてる」

ほんの一瞬、心に浮かんでしまった不信感を飲みこんで、私はそう言った。


……だって、他になんて言ったらいい?


それに、幼稚園から今までずーっと梨音とクラスが同じだったことに、不信感を抱かなかった私が、今更とやかく言える問題でもない。