小さい頃は、ただ、去り行く背中を眺めて泣くことしか出来なかったけれど。

今は違うわ。

ちゃんと、自分の気持ちを言葉に出来る。

だから、勝手に響哉さんが居なくなる前に、ちゃんと気持ちを伝えとかなきゃって。
そう思ったら、淀みなく言葉が出てきた。

響哉さんは目を細めて、私を見つめた。
唇には、甘い笑いを浮かべている。

そうして、その紅い唇で私の頬にキスを落とし、そのまま耳元で囁いた。

「唇に、キスしても?」

心臓が、馬鹿みたいに煩い音を立てて、痛いほどに鳴り響いている。

響哉さんの眼差しは、蜜でも溜め込んだかのように、うっとりするほど優しく、決して私に何かを強要しようとしているものなんかじゃなかった。

だから。
私は返事をする代わりに、ゆっくり瞳を閉じる。

思い出の中で、何度見ても、キスの感覚は思い出せない。

から。

実際に、重ねてみるほかないじゃない?