◇ ◆ ◇
「……ただいま……」
他に行くアテもなく、とぼとぼ家に帰ってくると。リビングから笑い声が聞こえてきた。そっとドアを開けると、上機嫌なお母さんの話声が聞こえてくる。
「そんなに褒めないでよー、おばさん、照れちゃうわぁ。チキンの照り焼きなんて簡単なのよ?どうせならもっと手の込んだものでも用意してあげられればよかったんだけど」
お母さんにそう言われた相手は、にこやかな調子で答える。
「いえ。俺おばさんの照り焼き好物ですし、十分ご馳走ですよ。それにシンプルな料理ほど、腕前の差って出ますし。おばさんはやっぱ料理上手ですよね、すごく美味いです。うちの母親にも見習わせたいですよ」
「もう何言ってるのよ、栄子ちゃんしっかり者だし、料理だって上手なんでしょ?」
「いえ、全然。あの人仕事ばっかで家のことはからっきしですよ。だから俺、どうもおばさんの手料理みたいな家庭の味ってヤツに憧れるんですよね」
そういってあたしのお母さんににっこり笑いかけて、笑顔の大盤振る舞いをしているのは。
「………ゲッ!鬼軍そ……」
言葉を思わず飲み込んだのは、『鬼軍曹』ことあたしの幼なじみである千賀希鶴(チガキヅル)があたしの方へ振り返ったからだ。
あたしをじろりと睨んで、まるで脅すように『無駄なことは言うな』とその鋭い目を光らせやがる。


