「あら。希鶴くん、お茶碗空じゃない。気付かなくてごめんなさいね」
お母さんは希鶴の手元を覗き込むと、何事もなかったように言い出す。
「おかわりいるわよね?希鶴くん、冬休みも部活の練習してるし、食べ盛りだもの」
「はい。じゃあすみません、お願いします」
お母さんは希鶴からお茶碗を受け取ると、それをあたしに手渡してきた。
「ほら舞。希鶴くんおかわりだって」
「へ?」
「へ、じゃないでしょ。これからお母さん、お父さんとお食事行ってくるから。後のことはよろしくね」
そういってお母さんはエプロンを外すと、リビングに置いてある手鏡を覗き込んでメイクをチェックしだす。
「お、お母さん、出掛けるの!?」
「前から言ってあったでしょ。25日はお父さんとクリスマスのディナーショーに行くって」
そうだった。自分のデートのことで頭いっぱいになってて忘れてたけど。
今日はお父さんとお母さんが学生のときファンだった歌手の、豪華船上ディナー付コンサートショーに行く日だった。
「か、和哉は?」
あたしの質問に、お母さんはますますあきれた顔になる。
「もうほんとに舞は人の話聞いてないんだから。和哉は修平くんのお家でサッカークラブのみんなとお泊りしてくるって言ってたでしょ。今頃ゲーム三昧なんじゃないの?」
マジすか……!
「じゃあお母さん、もう時間だから行くから。おばあちゃんとこから送ってもらったリンゴ、食後のデザートに希鶴くんに剥いてあげなさいよ。……じゃあね、希鶴くん。この後も遠慮しないで書斎、好きに使ってていいからね」
お母さんはそういうと、上機嫌なまま家を出て行ってしまった。
……というかさ。年頃の娘が留守番してる家に、年頃のオトコ置いたまま出掛けるって、どういう神経してんだ。
家に鬼軍曹とふたりきりとか、めっちゃきまずいんですけどッ。


