「稲木湖亜(イナキコア)」
店らしきものに入る前に、あたしが自己紹介した。
佐子さんは微笑むと、傘をたたんでドアを開けた。
カランカランッ…
「ママぁー、やーっとかえってきた」
30代前半の男の人が、そう言った。
「ごめんなさい、笹野さん…あら、お酒がないじゃない?」
そう言った佐子さんはあたしを見て、カウンター席を指差した。
座れ、ということなのだろうか。
聞こうにも、佐子さんはもう、カウンターに入っている。
とりあえず、指示された席にすわってボーッとする。
やっぱり、雨に濡れているからか、服が地肌にくっつく。
