「どうしたの最近、ボーとしてること多いよ?」

「花怜…、大丈夫。寝不足なだけ」

「ふーん。じゃあ、しっかり寝なきゃね?」

「そうだね、ごめん。心配かけた?」

「あんたなんか心配しないわよー」

 部活着を着て走って行く。

 友人・花怜は1年でバレー部の副部長を任されるほどの実力の持ち主で、その運動能力により、色んな部活から引っ張りだこだ。

 私はというと、当然のように帰宅部だ。運動なんてできないし、向いてない。

「暇…」

 腰まで伸びた長い髪を低く結んで、バッグから本を出して読み初めた。

 最近友達に薦められた「携帯小説」というものだった。横に並ぶ文字に違和感を覚えながら読進めた。

 私と同じくらいの年の女の子の話だった。

 昔好きだった男の子と再開する話。
 そんなうまいことあるわけない。
 私は机に突っ伏して、中学時代を思い出していた。

 となりの家の明るい先輩。私とは正反対で、友達も多くてスポーツも得意で…。誰からも好かれる存在だった。

「どうしてるかな…」

 先輩…。

「なーにしてんの?」

「え…」

 ボサボサの前髪で顔を上げると、そこには何度も追いかけた先輩の顔があった。

 まさか、こんなところにいるわけがない。だって、先輩は超難関大学に合格して…。

「あぁ、夢か…。本の読みすぎかなぁ」

「夢?ばーか。どこみてんだよ」

 先輩は思いっきり私の頭を叩いた。

バシッ

「ったぁ!!」

「おはよう、お寝ぼけさん」

「腹立つっ、このパチモンがっ」

 私はパチモンの脛を思いっきり蹴った。

「っ!何すんだっ」

「私の夢を返せっ」

「逆ギレかよ?」

「うっさい、パチモン」

 パチモンは私の蹴った脛を撫でながら言った。

 パチモンは何度見ても、あの優しい先輩だった。だから尚更腹が立つ。

「パチモンパチモンって…、俺の名前はパチモンじゃねぇっ」

「じゃあ、なによ」

「佐倉悠里だ、初恋の女の子に似ているから話しかけてみたものの…。中身は別人だな」

「知らないわよ…、そんなの」

 驚いた…、名前まで同じなんて…。

 ふんっ、気にしない気にしない。こんなやつ。

 と、廊下からリズミカルな足音が聞こえてくる。このテンポは担任・江口のものだ。

 この人いつもスキップだな…。

 次第に陽気な鼻歌まで聞こえてきた。

「ぼーくらっはみーんなー、いーきていっるー♪」

 なんとも懐かしい…。

 するとひょこっと江口が顔を覗かせた。

「おー、佐倉先生。もう生徒と仲良くなったんですねぇ」

「先生っ!?」

「どーしたどーした、幸乃。知らずに話していたのか?」

「え、いや…、あの…」

「江口先生、この子の名前はなんと言うんですか?」

 パチモンはさっきまでの悪そうな笑顔を一変させて、爽やかな笑みで江口に聞いた。

「幸乃、教えてやらなかったのか?」

「聞かれてないので」

「冷たっ。幸乃冷たいっ」

「うるさいですよ」

「その冷たいのは幸乃舞だ。うちのクラスだよ」

 江口はフフンと胸を張った。

 何が誇らしいんだか。

「というか、佐倉先生。これから職員会議ですよ」

「わかりました、行きます」

 悠里はなんも惜しみなさそうに去っていく。

「待ってっ…」

「ん?」

「…っ」

 自分でもなんで呼び止めたかわからない。でも、ただ不覚にも佐倉の振り返り様の笑顔にときめいてしまったのだ。