「──倉橋さん、帰ってくるらしいぞ」
1学期の終業式を終えて帰って来た遥隆に、父親がそう声を掛けた。
「倉橋、さん?」
遥隆が首を傾げると、父は「なおちゃんだよ。隣に住んでただろ。忘れたのか?」と続けた。
「なおちゃん……」
その名前を声に出して言ったのは何年振りだろうか。
途端に、目頭が熱くなる。
それを父に気付かれたく無くて、遥隆は眼鏡を直す振りをしてそっと目尻を拭った。
「……っ、でも、隣にはアパートが……」
「そうなんだよな。俺も詳しくは聞いてないんだ。まぁ、そのうち引っ越してくるんだ。お前、仲良くしてやれよ」
父へ簡単に返事をして、遥隆は自室に入った。
「なおちゃん」
そっと、忘れたくても忘れられなかった名前を唇にのせる。
トクトクと早まる鼓動に、遥隆は思わず笑みを浮かべた。


