冷たい風を感じて遥隆が目を開けると、うっすらとだが見知らぬ天井が見えた。

 眼鏡が外されているようで、何もかもがぼんやりとしか見えない。

 眼鏡を探そうと手を伸ばすと、額から何かが落ちた。

 それを手に取ると、タオルにくるまれた保冷剤だった。

 ひんやりとしたその感覚に心地よさを憶えつつ、段々と感覚がはっきりしてくる。


「──大丈夫か?」


 不意に聞こえた声に、びくりと身体が揺れてしまう。

 慌てて身体を起こすと、そこでまたくらりと視界が揺れた。


「まだ寝てろよ。急に倒れるからびっくりしたぜ。お前の部屋にエアコン無くて、親父さん達も出掛けるって言うんでこっちに連れて来ちゃったけど……」


 1人で喋り続ける七生は、ミネラルウォーターのペットボトルを持って、遥隆の傍らに膝をついた。


「……こっち、って?」

「え? 隣のアパートだよ。新築臭いけど我慢しろよな」


 そう言うと、遥隆の横顔にペットボトルを押し付けてくる。


「本当はジュースとかのがいいみたいだけど、コレしか無くてさ。俺、片付けに戻るけどお前はまだ寝てろよ。いいか、絶対に寝てろよ!」


 二度も同じ事を言われ、遥隆は返す言葉も見つからずに部屋から出て行く背中を見詰めた。

 何が何やら。

 気持ちも、今の状況も、ぐちゃぐちゃで頭が痛い。

 そう言えば最近、予定の詰め過ぎで睡眠時間も短くなっていた。

 何かをしていないと『なおちゃん』の事を考えてしまうからだ。

 腕を伸ばして伸びをすると、すぐ上に眼鏡が置かれていた。

 クリアな視界を取り戻すと、そこはエアコンと遥隆が寝かされている布団しか無かった。

 ──引っ越しの最中なのに悪い事したな。

 押し付けられたペットボトルはひんやりとしていて気持ちが良い。

 それを額に当てながら、遥隆は目を閉じた。

 ──今は、眠ってしまおう。