東京に着き、流れる人々に埋もれ電車に揺られる。

「東京だ。」
肌で感じる東京。
わくわくがとまらない。
空気が違う。勢いが違う。流れる人ごみに覇気がある。
力があった。

みなぎる日本の中心から離れるエネルギーを感じながら
契約した部屋へ向かった。
不動産屋の人が建物の前で待っていてくれた。
そしてついに思い出のこもる部屋の鍵が開いた。

「懐かしい。」

何にもないけれど、鮮明に記憶がよみがえる。

不動産屋の人が帰り、引っ越し業者の到着をまった。

その間、外にでて家の周辺を散歩した。
見るものすべてが何も変わっていなかった。

「これから、ここでやり直す。」

一歩足を踏み下ろすたびに決意が固まる。

電話が鳴り、引っ越し業者が着いた。

荷物が運ばれ、一人整理していく。

ようやく片付き、気がつけば日が落ちていた。

缶コーヒーを買って、ベランダに腰をかける。
煙草に火をつけ、煙をはいた。
希望の煙は空へ昇り、それを見つめる。
煙が柔らかく消えた向こうに広がる星空。

「あの頃は、毎日ここで絶望を感じていたな。」
心が鳴く。
でも今は、強い決意に絶望は、ただのかわいい思い出となっていた。

ゆっくりと、ゆっくりと星空を見上げ、思い出を舐め始めた。
「俺、中学時代だらだらと過ごして何の目標もなく進路の意思もなく当てもなく目的も夢もなく
何かを見つけたくて、無謀だけど中学卒業してすぐに東京にでてきた。
アパートの初期費用や引っ越しの費用は親戚が出してくれそれ以上に頼る
わけもいかず、何とか解体屋の仕事を見つけてやりくりをした。

はじめてここに来た時はそれはもう中卒すぐのガキには何を見ても新鮮で希望にあふれていた。感動と興奮の連続。
多くの人々輝くネオン、そびえたつ偉大なビル。
ここで何かが見つかる。新しい人生が始まるって感動した。

仕事の上司や先輩は中卒のガキが一人ででてきたことに同情か、関心かわからないけど
よくしてくれた。
でもそんなのは初めだけで、いくらガキでも社会人。
ガキの俺にはつらかったけど、すぐに社会の厳しさ。洗礼を浴び始めた。

上司や先輩は日を増すたびに厳しくなり、仕事も厳しくなってきた。
生まれて初めての仕事。社会の厳しさをひしひしと感じていった。
生活のやりくりも、仕事もあの頃の俺には本当につらかった。
そしてなめてかかった自分に後悔もした。
想像以上の社会の厳しさに圧倒されて、いつも心が折れそうだった。

そして、たった一人の生活。友達も彼女もいない孤独感。

仕事を終えて家に帰るとまず感じることは明日への恐怖。
いつもベランダに腰をかけて星を眺めていた。
憂鬱な心。明日への恐怖。将来への不安。自分の弱さへの絶望。
それを星が慰めてくれた。

なんとか踏ん張り続けていた。
あの時の俺にとってはすぐに、夢や希望にあふれていた東京の街もまるで地獄になった。
いつものように、憂鬱な表情をして職場の最寄り駅につき、ホームに降りると向かいのホームから見える
とっても綺麗な女性に目が行った。
なんというか、地獄に咲く花のように見えた。

その女性の職場の最寄り駅が同じでそれから毎日気になってその花を見るたびに勇気づけられた。毎日毎日厳しい労働。一日中こきつかわれて疲れ帰った体で駅に着き向かいのホームにはいつもその女性がいて見るだけで勇気づけられていた。

どうやら出勤時間も、帰宅時間も同じようで毎日、毎日、その女性がいる。

厳しい労働に向かう、地獄に向かう電車にのって降りるとその花に勇気をもらい、
帰ればたった一人のアパート。地獄に帰る前にその花に癒された。

ある日、帰宅時に駅につくとその女性はホームに向かうことなく駅の前で誰かを待っていた。するといい車に乗った彼氏らしき男が女性の前でとまり、あっけなく車に乗り込んで車は走り出した。
東京でゆいつ残る花は儚く散った。
確実にその女性は年上だった。こんなガキ相手してくれるわけない。
そう事実をのみ込んで孤独の家にむかった。

それ以降、その女性を見るたびに目をそらし、花を見なくなり地獄に向かい地獄に帰る。
そんな日々を繰り返していた。
なんの楽しみもない。何も見つかりそうもない。ただ孤独な毎日を送っていた。

田舎にかえってもしたいこともない。
ここにいても地獄。

まともに育ち、まともに進学し、普通の学生生活にあこがれ羨ましいけれど
俺にはできない。

自分が育った環境、折れそうになる心と毎日感じる孤独感。
そんな弱い自分を責めては自虐する。

そんな毎日を送っていたけれど、ある日駅前でまたその女性に遭遇した。
びっくりしたけど、声をかけられた。
「いつも会いますね。」
「あ。はい。」
そう言ってその日はそのまま二人とも帰った。

でも俺はこの孤独な毎日。この地獄に耐えるためにはあの花しかない。
そんなことを考えるようになった。

また駅前で遭遇したとき、思い切って俺から声をかけた。
「もしよければ、食事でもいきませんか?」
「ぜひ。」
あっさりと乗ってきた。

もちろん彼氏がいることも、こんなガキをまともに相手するなど思っていなかったけど
俺がこの地獄でたえるためには彼女と話し、彼女と食事をするだけで十分な勇気、力、
耐えていけるエネルギーになっていた。
それから何度も何度も食事にいき、次第には休みの日にデートもした。

いつものように食事をしていると彼女が思いもよらぬことを言ってきた。
「私最近別れたの。」

俺は迷いなくその場で交際を申し込んだ。

うまくいって付き合うようになり、地獄と孤独から解放され、ゆっくりと時間をかけて二人の愛を育んでいった。

彼女は一人暮らしをしていて、俺の家からはかなり遠かった。
その上勤め先もさらに遠い場所に転勤になってしまった。

片道1時間あまりかかるのに彼女は律義に毎日俺の家に来て家事や洗濯をしてくれて
絶え間ない愛がずっと俺を救ってくれていた。

彼女の母親もおばあちゃんにも会った。
それから彼女の母親によくご飯を連れて行ってくれたり、
おばあちゃん家に行った時には優しく振舞ってくれておいしい手作り料理を食べさせてくれた。早くに母親と祖母を亡くし、愛なき環境で育った俺にとって泣きたくなるほど嬉しく、温かく、幸せだった。
それからずっとずっと彼女も、母親も、おばあちゃんも絶えず愛をそそいでくれた。
彼女にも母親にもおばあちゃんにもよく言ってたもんだ。
俺ここでもっと頑張ってもっと稼いでみんなでもっといい暮らしをさせてあげたい。
いや、させてあげるから期待してて。なんてでかいことを言っていた。

でも実際は、その温かい純粋な愛を俺は裏切ることになってしまった。

やっぱり厳しい労働に恐れる弱い自分がいて、職場の先輩がうまい話があると話しかけられ、甘い話に俺はあっさりと乗ってしまった。

それは買人だった。

システムは住所と免許書のコピーをある場所に提出すれば
毎日、ポストにその日の受け渡し場所のスポットスケジュール表と物が投函される。
その指示通りに動くだけで、一日4万円。翌日には物と指示書と一緒に封筒に現金が投函される。

俺は仕事を辞めて買人をするようになった。
ポストからスケジュール表をとりだし、一日2,3件の受け渡し場所にいき、
買い手に渡すだけ。次の日には本当に現金4万円が入っていた。

これが続けばかなり稼げる。
そしてあんな厳しい労働も、憂鬱な夜も過ごさなくてもいい。
さすが東京。これが大きな夢、希望になっていた。

日増しに投函される現金は少なくなっていたが、
別に文句を言う気にもならない。
あれだけこきつかわれて安い日当で働くよりよっぽどましだったし、
相手はやくざ。妙なことはしない方がいい。そう思って特に気にしていなかった。

でもある日投函された現金が、受け渡し場所に向かう交通費分しかなかった。

さすがに俺はいつも渡されるスケジュール表に電話番号が書いてあった。
毎日その番号は違うものが記載されていた。
その日に書かれていた番号に初めて電話をした。
すると、電話にでた男は冷静に淡々と買い手が振り込んでくれなくてね。
ごめんね。振り込まれたらちゃんと報酬は渡すから。よろしく。

そう言って電話をきられた。