院生が出る日の労働が一番つらい。
それから僕は、何度も何度もここをでていく院生の背中を見ていく。
そのたびにわずかな社会が見える。
とてつもなくうらまやしく、社会が恋しくなる。
とてつもなくここでの生活が苦しくなる。
それでもやっぱり平日のテレビの時間と休日の映画の時間は至福のひと時だった。
テレビの時間のテレビの時間はミュージック番組だった。
歌う歌手たち。
社会に触れる瞬間。
今はしゃばで売れている歌が流れる。
きれいな歌手。見とれてしまう。
きれいな歌声。聞きとれてしまう。
浸みわたる歌詞。心とられてしまう。
休日の映画の時間にはお菓子が配られるようになった。
院長の配慮か。土日には、ストレスを和らげる甘い、甘いチョコレートを支給されることになった。
口がとろけてしまいそうだ。
一口食べたたけで、恐怖や苦しみ、恋しさや悲しみ、頭にとどまるすべての邪念がぶっとんだ。
口に入れるたびにチョコレートの残り分を気にかけていた。
この日の映画は東京で暮らす恋人たちの物語。
俺も、東京にいたのに。
あの時の俺にはこんな夢のような世界には見えなかった。
不満、怒り、欲望、苦しみ、孤独。
なぜこんな夢の国で邪念とともに過ごしたのか、今はもう理解できない。
地獄に見えた社会が今は明るい天国にしか見えない。
そこには希望や喜び興奮や愛に紛れている。
社会が恋しい。
僕の心が吠える。
教官から伝わる煙草のにおいに敏感に反応し
自由が僕を見て笑ってる。
教官同士が話をしている社会の話、自由な世界の話。
たびたび触れる社会の風。自由の風。香るにおい。
むずがゆいほどに憧れる社会と自由。
そこにある愛を泣きたいくらいに求めてしまう。
それでもその世界は僕からはるか向こうにある。
面影も余韻も見えないくらいに遠く遠く。
でもたまに自由の姿をした厄神が目の前に、手にとれるほど近くにきて
僕を見て笑う。
そんなひやかしの中、去る地獄に来る地獄。そして進む地獄。
毎日毎日繰り返す。
ある日夕食後に担当ではない教官が来て呼ばれた。
この時間帯だから出るために呼ばれたんではない。
まずそんなはずもない。
呼ばれて連れて行かされた場所は院長室だった。
微笑ましく優しい笑顔で迎える院長。
久しぶりだった。
「どうだ。生活は」
「苦しいですよ。」
「そりゃあここは少年院だから。でもどうも表情が変わったな」
「あなたが言う愛ってやつは、社会ではきっと強さに
なるんでしょう。でもここでは弱さになる。
愛ってやつに触れるたびに、感じるたびに、求めるたびに弱くなり
ここの生活に押しつぶされそうになりますよ。
でも俺はもう離さない。このままずっと抱きかかえ過ごしていく覚悟です。」
「そうか。よかった。真っ白な画用紙に明るい絵が描かれたんだな。
確かに君が言うように、ここでは明るい絵が描かれた画用紙をもって過ごすより、暗い絵がかかれた画用紙をもって、過ごす方が楽だろう。苦痛なき日々が送れるだろう。でもそれはくせづくんだよ。自由な社会に出れば、誰もがそんな絵は消え去り自然と明るい絵が浮かんでくる、そう思っているが間違いだ。
そんな簡単なものではない。そう思っている者は結局明るい社会にでても暗い絵とともに生きて、夢の国と思っていた場所がでて数週間もすれば、暗い地獄になるんだよ。
君は明る絵をそうやって抱けたんだからどんな試練の中でも耐えて癖付けいつかここをでるんだ。君は。特に長く暗い絵とともに過ごしてきたのだから、負けちゃいけない。その絵を今の時点から抱き守りぬかなければならない。
ここでは辛いと言うが、社会だっていくらでも邪魔が入る。それでも離さないように毎日葛藤と戦い、訓練に負けず過ごしていきなさい。きっと君は大丈夫だ。」
「そうですね。はじめての感覚でした。院長のおかげで確かに明る絵がかかれたようです。
でもまだ不安です。いつもこの絵がなくなってしまんじゃないかと不安です」
「その不安が、君が守ろうとしている強い意志がある証拠だな。心配ない。君は変われる。
それと担当者の件はすまなかったな。報告もせず戻してしまってびっくりしただろう。
君には悪いが、彼の行動や考え方、刑務官としての意識と姿勢をあらためるためにはあそこに戻すのが一番効果的だった。クビにするのも、雑用をさせるのも、事務に回すのもどれも簡単にできるんだけど、彼にはどうしてもあらためてほしかったんだ。すまない」
「面倒見がいいですね。俺みたいな狂った人間と言い、教官のような狂った鬼といい。
最後まで更生を期待する。でも問題ありません。あなたのその意思が俺と同じように伝わっているようですよ。」
「そうか。それはよかった。君はまだここでの生活は長く残っているが、また会おう!」
そう言って僕は、教官に連れられて部屋をでる。
集団寮に戻る最中、面会室の前を通った。
かすかに見えた院生と両親。泣いている。
睨み続けた悪の目が涙に溶かされ潤うしい瞳。
驚いた。こんな顔を、ここを出るものしか見たことがなかったから。
みんな同じだった。
同じ人間だった。
愛を感じて悲しくなっている
みんな両手で隠してここで生活していた。
それから次々と新入生が入り、次々とここを出ていく。
すでにもう一年が過ぎようとしていた。
あいかわらず、覚悟した心に、自由や愛が、ほのめかしてくる。
過酷な労働や生活、淡々過ごす日々の間に
近づいては、離れ、近づいては、離れていく。
戸惑いの中何とか、冷たい風にさらせれても覚悟が凍りつかないよう、
心を温める灯を消さぬよう、過ごしていく。
雑談ができなくなり、暴動やいじめ、いやがらせも失くなったが、
自由への恋しさが胸を痛めてしまう。
それでも離しはしない。
院長が言うように愛や温もりを社会で守り抜くのも困難
奪い去る邪魔ものはいくらでもいる。冷たい風は、いくらでも吹き付けてくる。
耐えなければならない。
もう二度と人を失いたくない。
死臭を漂わせ生きていくのも、心が死に、体だけで過ごしていくのも、もう嫌だ。
耐えるしかない。
院長の配慮によりテレビの時間も増え、監獄から社会に出て奉仕活動をしたり、
甘い甘いお菓子が支給されたり、講演やイベントも増えた。
たまらねえ。
自由が欲しいのか、感じたいのか。それとも邪魔なのか、苦しめるのか。
絶えず繰り返し誰かが、問いかけてくるが、答えがでない。
ただ戸惑いに耐え、冷酷な地獄の地におろされても耐えていく。
また自由が俺の心をかき混ぜる日がやってきた。
それから僕は、何度も何度もここをでていく院生の背中を見ていく。
そのたびにわずかな社会が見える。
とてつもなくうらまやしく、社会が恋しくなる。
とてつもなくここでの生活が苦しくなる。
それでもやっぱり平日のテレビの時間と休日の映画の時間は至福のひと時だった。
テレビの時間のテレビの時間はミュージック番組だった。
歌う歌手たち。
社会に触れる瞬間。
今はしゃばで売れている歌が流れる。
きれいな歌手。見とれてしまう。
きれいな歌声。聞きとれてしまう。
浸みわたる歌詞。心とられてしまう。
休日の映画の時間にはお菓子が配られるようになった。
院長の配慮か。土日には、ストレスを和らげる甘い、甘いチョコレートを支給されることになった。
口がとろけてしまいそうだ。
一口食べたたけで、恐怖や苦しみ、恋しさや悲しみ、頭にとどまるすべての邪念がぶっとんだ。
口に入れるたびにチョコレートの残り分を気にかけていた。
この日の映画は東京で暮らす恋人たちの物語。
俺も、東京にいたのに。
あの時の俺にはこんな夢のような世界には見えなかった。
不満、怒り、欲望、苦しみ、孤独。
なぜこんな夢の国で邪念とともに過ごしたのか、今はもう理解できない。
地獄に見えた社会が今は明るい天国にしか見えない。
そこには希望や喜び興奮や愛に紛れている。
社会が恋しい。
僕の心が吠える。
教官から伝わる煙草のにおいに敏感に反応し
自由が僕を見て笑ってる。
教官同士が話をしている社会の話、自由な世界の話。
たびたび触れる社会の風。自由の風。香るにおい。
むずがゆいほどに憧れる社会と自由。
そこにある愛を泣きたいくらいに求めてしまう。
それでもその世界は僕からはるか向こうにある。
面影も余韻も見えないくらいに遠く遠く。
でもたまに自由の姿をした厄神が目の前に、手にとれるほど近くにきて
僕を見て笑う。
そんなひやかしの中、去る地獄に来る地獄。そして進む地獄。
毎日毎日繰り返す。
ある日夕食後に担当ではない教官が来て呼ばれた。
この時間帯だから出るために呼ばれたんではない。
まずそんなはずもない。
呼ばれて連れて行かされた場所は院長室だった。
微笑ましく優しい笑顔で迎える院長。
久しぶりだった。
「どうだ。生活は」
「苦しいですよ。」
「そりゃあここは少年院だから。でもどうも表情が変わったな」
「あなたが言う愛ってやつは、社会ではきっと強さに
なるんでしょう。でもここでは弱さになる。
愛ってやつに触れるたびに、感じるたびに、求めるたびに弱くなり
ここの生活に押しつぶされそうになりますよ。
でも俺はもう離さない。このままずっと抱きかかえ過ごしていく覚悟です。」
「そうか。よかった。真っ白な画用紙に明るい絵が描かれたんだな。
確かに君が言うように、ここでは明るい絵が描かれた画用紙をもって過ごすより、暗い絵がかかれた画用紙をもって、過ごす方が楽だろう。苦痛なき日々が送れるだろう。でもそれはくせづくんだよ。自由な社会に出れば、誰もがそんな絵は消え去り自然と明るい絵が浮かんでくる、そう思っているが間違いだ。
そんな簡単なものではない。そう思っている者は結局明るい社会にでても暗い絵とともに生きて、夢の国と思っていた場所がでて数週間もすれば、暗い地獄になるんだよ。
君は明る絵をそうやって抱けたんだからどんな試練の中でも耐えて癖付けいつかここをでるんだ。君は。特に長く暗い絵とともに過ごしてきたのだから、負けちゃいけない。その絵を今の時点から抱き守りぬかなければならない。
ここでは辛いと言うが、社会だっていくらでも邪魔が入る。それでも離さないように毎日葛藤と戦い、訓練に負けず過ごしていきなさい。きっと君は大丈夫だ。」
「そうですね。はじめての感覚でした。院長のおかげで確かに明る絵がかかれたようです。
でもまだ不安です。いつもこの絵がなくなってしまんじゃないかと不安です」
「その不安が、君が守ろうとしている強い意志がある証拠だな。心配ない。君は変われる。
それと担当者の件はすまなかったな。報告もせず戻してしまってびっくりしただろう。
君には悪いが、彼の行動や考え方、刑務官としての意識と姿勢をあらためるためにはあそこに戻すのが一番効果的だった。クビにするのも、雑用をさせるのも、事務に回すのもどれも簡単にできるんだけど、彼にはどうしてもあらためてほしかったんだ。すまない」
「面倒見がいいですね。俺みたいな狂った人間と言い、教官のような狂った鬼といい。
最後まで更生を期待する。でも問題ありません。あなたのその意思が俺と同じように伝わっているようですよ。」
「そうか。それはよかった。君はまだここでの生活は長く残っているが、また会おう!」
そう言って僕は、教官に連れられて部屋をでる。
集団寮に戻る最中、面会室の前を通った。
かすかに見えた院生と両親。泣いている。
睨み続けた悪の目が涙に溶かされ潤うしい瞳。
驚いた。こんな顔を、ここを出るものしか見たことがなかったから。
みんな同じだった。
同じ人間だった。
愛を感じて悲しくなっている
みんな両手で隠してここで生活していた。
それから次々と新入生が入り、次々とここを出ていく。
すでにもう一年が過ぎようとしていた。
あいかわらず、覚悟した心に、自由や愛が、ほのめかしてくる。
過酷な労働や生活、淡々過ごす日々の間に
近づいては、離れ、近づいては、離れていく。
戸惑いの中何とか、冷たい風にさらせれても覚悟が凍りつかないよう、
心を温める灯を消さぬよう、過ごしていく。
雑談ができなくなり、暴動やいじめ、いやがらせも失くなったが、
自由への恋しさが胸を痛めてしまう。
それでも離しはしない。
院長が言うように愛や温もりを社会で守り抜くのも困難
奪い去る邪魔ものはいくらでもいる。冷たい風は、いくらでも吹き付けてくる。
耐えなければならない。
もう二度と人を失いたくない。
死臭を漂わせ生きていくのも、心が死に、体だけで過ごしていくのも、もう嫌だ。
耐えるしかない。
院長の配慮によりテレビの時間も増え、監獄から社会に出て奉仕活動をしたり、
甘い甘いお菓子が支給されたり、講演やイベントも増えた。
たまらねえ。
自由が欲しいのか、感じたいのか。それとも邪魔なのか、苦しめるのか。
絶えず繰り返し誰かが、問いかけてくるが、答えがでない。
ただ戸惑いに耐え、冷酷な地獄の地におろされても耐えていく。
また自由が俺の心をかき混ぜる日がやってきた。
