注文の波は去ったから、次の仕事と思って、返却口に移動すれば、大量の食器が泳いでいる。
ふと見れば、『辻堂さん』が食事をしている姿が見えた。

スプーンの上には赤い人参、一呼吸おいてから口に入れる様子が見て取れた。
その様は、人参嫌いな弟と重なった。
嫌いという一言が言えなくて何とか口の中の物を飲み下そうとしているのだろう。すぐさまコップの水を手にする。

その様子に思わず吹き出しそうになるが、何とかこらえた。

それにしても、大人の人が人参を見て顔をしかめるなんて、なんだかおかしかった。
あんな食べ方をするなんて、よっぽど嫌いなんだ。

多分それが最初。
それから食堂で『辻堂さん』を見つけるとつい見てしまうようになった。

食堂に来るのはほぼ毎日。たまに来ないこともあるけれど、それは出張が多いせいらしい。
営業1課 主任 年齢は28歳 有名大学を卒業した営業成績も抜群で、将来が有望視されている独身。

独身イケメン、将来有望とくれば、女子社員がほっとくわけもなく、女子社員のアピール合戦が勃発したり、告白も月に数回はされているらしい。でも、『今は仕事に集中したいから』という理由で誰も彼と付き合うまでは至っていないらしい。

すべてカウンター越しにおしゃべりをする女子社員さんからの情報。

食事の用意ができる間のおしゃべりは赤裸々で、食堂の従業員なんてお構いなしだ。多分おばさんと思っているからなのだろうけど。