銭湯の掃除を終えて、番台に戻った時には外の世界は雨に濡れていた。
堀の水に弾く音を聞きながら、今日は客足が悪いだろうなぁ。なんて、暇な時間を覚悟した時にガラリとガラス戸が響く音がする。
そちらに視線を移すと赤い傘を綺麗に畳んで、にっこりと微笑む姿に癒された。
「夏希ちゃん」
「今ね、暇だから来ちゃった」
可愛いらしく笑いながら、その手には多分夏樹ちゃんが作ったであろう苺大福が大きなお皿に乗っている。
夏希ちゃんが作るお菓子は外れがない。
小さい頃からお菓子作りが好きで、頻繁に作っては持って来てくれるんだ。
番台から出て女湯の脱衣所の上がり口に腰を下ろすと、夏希ちゃんの持ってきた苺大福を一つ頬張った。
あっ、忘れてた。
慌てて番台の引き出しをあけると、昨日秋光さんから預かった紙袋を夏希ちゃんに差し出した。
「コレね、秋光さんから夏希ちゃんにお詫びだって」
「あ、秋光さんて、この前の…?」
あっ、なんかビビってる。
確かに夏希ちゃんには刺激の強い人だったかな。
なんて考えて苦笑いをしてしまうけど、フォロー的に付け足した。
「秋光さんはキツそうだけど優しい人だから大丈夫だよ」
「う、うん」
「ね、中身見せてよ。何もらったの?」
興味深々に袋を覗きこむと、夏希ちゃんが小さな茶色の紙袋を開けて掌にそれを取り出した。
「あっ、可愛い……」
それはアンティーク調の髪留めで、夏樹ちゃんには物凄くよく似合いそうに見える。
秋光さん…、やるな…。
かなりマメでポイントを押さえてくる秋光さんだけど、そういえば恋人的な物はいるんだろうか?
白く華奢な手の上のそれを夏希ちゃんは目を丸くして見つめ続けていて。
多分コレは気にいっている表情だと思う。
「良かったねぇ、夏希ちゃん。可愛いよコレ」
「な、凪ちゃん、私コレ貰えないよぉ」
「何で?くれたんだし貰っておきなよ~」
「だって……、私…大した事してないのに……」
オドオドしながら手にしている髪留めと私を交互に見比べ、それを紙袋に戻そうとするのを手から抜き取った。
そしてそれを夏希ちゃんの髪に留める。
あっ、やっぱり可愛いし似合う。



