「秋光……、やってくれたね…」
一琉の低い、かなり不機嫌な声が響くけど、秋光さんはペロリと舌を出して携帯を差し出した。
「恨み言なら大御所様に直接言えよ」
舌打ちしながら一琉がお湯から上がると、跳ねた水しぶきが少しだけかかる。
秋光さんから携帯とバスタオルを受け取ると不機嫌そうに電話に応じた。
「叔父さん…、タイミングよすぎだから。欲求不満で死んだら祟ってでるよ」
アホな事言ってるし。
ヤメテよ…、いかにも今何かしてました。的な発言するの。
熱を持ち赤いであろう顔を包みこんで動悸を逃がす。
なのに、冷静になった頭がより鮮明にさっきの事を思い出させて、冷ますつもりの体が熱くなってしまう。
秋光さんが来るのが少しでも遅かったら……。
私は一琉に……。
チラリと一琉を見た瞬間に一琉もタイミングよく私を見て、視線が絡むとニッと口元に弧を描いた。
ドキリと胸が苦しくなる。
気まぐれ蝶々に翻弄されて、ピンで刺そうにもひらりとかわす。
一琉からすれば私はゆらりと逃げているのだろう。
一琉が何かを一通り話してクスクス笑って通話を終えた。
携帯を秋光さんに渡すと外に出る様に言いつけたらしく、カラカラと音を立てて外に消えた。
一琉はバスタオルを手に私の所へ戻ってくると、妖艶な微笑みで私を見下ろす。
その目は……、困る…。
「今日は、……逃がしてあげるよ凪」
「あっ…、うん……」
「したいならするけど?」
「い、いや、あの……無理……かな…」
素直に告げると一琉は返事をわかっていたらしく、苦笑いでタオルを渡してきた。
それを受け取ると、体を隠すようにタオルを巻いて上がってみる。
いや、隠すのも今更なんだけどさ。
いそいそと一琉の横を走り抜けようとした時に、パシリと腕を掴まれて。
驚いて顔を見上げると、妖艶な一琉に見下ろされた。
「凪…、注意しておくね…」
「な、何?」
「簡単に…、人を信じて心を開いたら駄目だよ。特に……」
一琉の唇が私の耳元を掠めてくる。
ゾクリとして肩を竦めた時に一琉の言葉が囁かれた。
「甘い柑橘系の香りの、見目麗しいオジサマとかね……」
「えっ……?」
驚く私に一琉はクスリと笑うと、優しく口づけてから着替え始めた。
言われた事に固まって、すぐに昼間のあの人を思いだす。
そうか、誰かに似ているなんて鈍い考えだった。
誰かにじゃない。
一琉に似ていたんだよ。



