「殺してしまいたいと、当初は思っていたそうですが――慧君がお母さんを心配して、家から飛び出してきて、彼女のいう事を本気にして家までの道のりをついてくる際――」


木戸の妻の手を、握って来た。

それはそれは、小さくて、頼りなく、熱のこもった、掌だった。

自分の知らない、存在。

途端に、決意が揺らぎ始める。

あんなに憎いと思っていたのに。
自分は、この子を愛しく思っている。

そして思うのは――この子をあの女に返さなければいい、という事。

あの女は、こんな存在が居ながら、この子を一人ぼっちにして、家を出ていくのだ。

要らないから、邪魔だから、そうしているのだ。
ならば、交換してやる。


「そのせいで慧君は大事にされていたようですね。だから我々が元妻のマンションの位置を特定して見つけた時、目立った怪我はなかったんです。危害も加えられていませんでした。――では、今日はここまでで十分ですので、ご自宅に戻られてください。近い内に、木戸とその妻の件で、ご協力頂きたい事が何点かありますので、その時はよろしくお願いします。」


慧がもぞ、と腕の中で動き出し、警官が急いで話を打ち切ろうとする。

が。


「あ、そうそう。慧君、木戸の妻にこう言ったそうです。」

思い出したように、再び私を見つめ、彼女が慧君に何を言ったのかはわかりませんが、と付け加えてから。


「『僕のママはひとりだけなんだ。代わりはいないの。ママが居ないと僕は寂しくて死んじゃうけど、ママが居てくれるなら、僕はどんなことも頑張れる。』」


そう言って、優しく笑った。


「愛されていますね。」