レオニスの泪


神成がピタリと、動きを止めて、息を呑んだ音がした。

私は、ただ床と、神成の靴を見て、もう一度、背中を押す。

もう抵抗はなく、ふら、とよろめいたから、必然的に、私と神成の間に距離ができた。


顔は、見ない。


「ありがとうございました……さよなら。」


傷を、えぐった。

それは、理解していたから。

このカードを使うのは、別れの時だと思っていた。

だけど、案外早く、使うことになってしまった。

だから、神成の反応は待たずして、下げた頭を上げると直ぐに背を向ける。


何か言ってよ、なんて、言える権利、私にはない。
むしろ、何も言わないでいい。
何も言ってくれなくていい。

玄関から神成が出て行くか、確認しないまま、私は居間に戻ったが、直ぐにパタン、とドアが閉まった音がしたから、彼は出て行ったのだろう。


私は、一人で、警察の待つ部屋に戻る。

今迄ひとりでやってきた。

だから、これからもひとりでやっていく。


慧の母親は、私一人なのだから。