レオニスの泪


誰が何を言ったか。
神成や警察が追いかけてきているか。
さっきは助けてくれなかった近所の人達が、野次馬と化して出てきている。

――とか。


目からも、耳からも。
そんなものは何一つ残らず、遮断されてしまって。


ただ、自分の持てる限りのスピードで、アパートの階段を駆け上った。
僅かな距離が、果てしなく遠く感じ、暑さからではない汗が、全身から噴き出した。




慧は眠ってた。
きっと、今も、あの和室で眠っているだろう。
私はちゃんと鍵を閉めたと思う。
だから。
だから――



心は、直ぐに私が落ち着くように、安心するように、働きかけてくる。

だけど、理解していた。

人生は、思ってもみなかったような方向に転がる、ということ。

大体は、自分の予想通りにはいかない。

そう――その殆どは、裏目に出る。


だから、私は、いつも最悪のパターンを予想しておく癖を付けていた。

そうすることで、例え最悪な出来事が起こってしまっても、心が壊れてしまわないように。