レオニスの泪



アパートに近付くと、私は自転車を漕いだ事からくる暑さとは反対に、背筋にヒヤリとしたものを感じた。

時間が時間なだけに、辺りは静かで。

だから、余計に聞こえる、エンジン音。


見覚えのある、シルバーの車。


私に気付いたらしい向こうが、車から降りてくる。

バタン、と運転席のドアを閉める音が、大きく響く。

私はその様子を、自転車に跨ったまま、瞬きすることも忘れて、見つめていた。


「そんなに驚かなくても良くない?あぁ、でも、零時過ぎてるのか。」


腕時計を確認しながら、スーツ姿の男はそう言って、口角を上げた。

私はといえば、声を発することは愚か、足に力を入れることすらできないまま。
その場に張り付いたように、動けない。

ただ、近づいてくる、木戸を、じっと待っているしか、できない。


「ここんところ、仕事が忙しくてねぇ。帰るのが、これくらいなんだよね。でもさ、葉山さんこそ、こんな時間にどこに行ってたの?」


静かな声なのに、寒さで空気が澄んでいるせいか、よく聞こえる。


「てかさ、なんで勝手に辞めてんの。」


カツ、カツ。

ゆっくり、ゆとりをもって、歩いてきた足は、私の数歩前で、動きを止めた。