レオニスの泪




自転車は、いつものお客様駐輪場のスペースには置かず、人気のないエントランス脇の庭木付近に停めて、そのまま集中インターホンに走ろうとした所で。


「祈さん」

声が掛かって、驚いた。


「し、んじょう、先生……」


見れば、腕を組んで、壁に背中を預けている神成が、身を起こして、私の方へと歩いてくる。走ってこそいないが、急ぎ足。

電話を切ってから、ずっと、待っててくれていたに違いない。


「どうしたの、何かあった?」


神成は私の目の前に来ると、そう言って、肩を掴んだ。


「え、何かっ……って」



少し切羽詰まった表情なのは、私ではなく、神成の方で、また心配かけてしまったんだと少しだけ反省した。

同時に、優しく掴まれた肩が、切な過ぎる。

神成の吐く息が、白く染まって散っていく。



「……なにも、何もないですよ。」


少し、俯き、微笑んで、私は呟くようにそう言った。


「ただ――」


自分は、この人の事を、いつの間にか、こんなに好きになってしまった。


その事実が、何度も私の心を突き刺す。




「抱きしめてもらえませんか。」



この一度で。

終わりにするから。


血だらけになるのも許して。