そう言って神成は、立ち上がり、椅子に座る私を抱き締めた。


「お願いだから、僕を頼って。」


こんなに強く、そうされたのは、初めての事で、頭の中が真っ白になった。
それでも、好ましく感じるようになった、ミントの香りに包まれると、直ぐに安心してくる。

先週木戸に抱き締められた日。何度シャワーを浴びても、木戸の香りが自分の中から離れてくれず、錯覚だと頭では理解していても、監視されているように感じて、怖かった。

それが、塗り替えられていくことで、ほっとしている自分。


ああ、だめだ。私。
この人が、こうしてくれると、子供みたいに、泣きじゃくりたくなる。

涙がまた、溢れてくる。

そこから、生まれる罪悪感。


「先生、、、こ、こないだ…き、木戸さん…が、あの、上司ですけど…、き、来て…好きだって…また、言われて……離婚したみたい…だし…、、怖くて、、階段で…わた、私、足を踏み外して…そ、の、、、」



「怪我しなかったの?」


ガバッと離れた神成が真剣な顔で私を見るから、頷いた。


「き、木戸さんが…掴んで、くれた、から…」


安堵の中に複雑な表情を滲ませた神成を見つつ。


「けど…私、その時…し…死んでもいいって…最低なこと…思っ…」


言いかけた所で、止まった。


神成が。

ひどく。

それこそ、目の前で、あたかも死者を目の当たりにしたかのような。

大切なものを全て失ってしまったかのような。

そんな、ひどく傷付いた顔を、したから。