「う…ひっ…」
「あー、と、慧…」


とうとう、慧が泣き出して、私はやっと我に返り、仕方なくもう一度ハンカチをポケットに戻し、慌てて上着の袖で拭った。


「これじゃ、お着替えしなくちゃいけないから…慧、立てる?」
「………うん…」

割と濡れている為、私は結局上着を脱いで、それをよろり立った慧に羽織らせる。
すると、慧の頬をコロコロ転がっていた涙が、止まる。

「あったかぁい」


包まれながら、慧は安心したように少し笑んで、再び前を向いた。


「お、歩けるの?偉い偉い。」


何事もなかったかのように歩き出した息子を褒めつつ、カーディガンのみになった私が、ポケットに手を突っ込んだ指の先には、カチカチになったハンカチが触れている。






ー返さなきゃいけない…


捨てて仕舞えばいいものを、アパートまでの道中、律儀にも、どうやったら、神成の顔を見ないで返せるかーそればかりを考えていた。