翌日。
朝から一言も口を利いてくれなかった慧は、保育所の門の前で先生に向かえられると、くるりと振り返って。
「?」
少し身構えた私に、ぎこちなく笑いかけた。
「―大丈夫だよ、ママ。」
直後、降ってきた言葉に。
「っ…」
心臓がえぐられたように感じた。
「あらー、慧君今朝はどうしたの?しっかりしちゃってぇ、お兄さんだねぇー」
慧は、先生の感心したような声に反応することなく、私の返事を待つこともせずに、直ぐに背中を向けて、教室に繋がる外階段に小走りに向かった。
その、小さな小さな姿を目で追いながら。
「…宜しくお願いします…」
どうにか挨拶をする。
「はーい!お母さんも、お仕事、いってらっしゃい!」
頑張ってくださいね!と言ってくれる先生に、かろうじて、下手な作り笑顔で返した。
「………は…」
脇に停めて置いた自転車に跨りながらも、ドクドクドクと心臓の音がやけに大きく自分の内に響く。
交通量が激しいここら近辺は、排気ガスが多過ぎて、酸素が薄くなってしまっているのだろうか。
息が苦しい…気がする。
慧の大人びた態度を強いたのは自分なのかもしれないという自責の念が、そうさせているのか。
「最低な母親…」
今、自分の心が目に見えたとしたら。
どれだけ真っ赤に染まっていることだろう。
もう、ぼろぼろなような気がする。


