「慧…智也君と喧嘩しちゃったんだって?」




結局、折れないまま、先生とさよならした慧。


突然降ってきた雨に、鞄に仕舞いこんでいた折り畳み傘を差し出すと、慧は無言で受け取った。


さほど激しくは無いが、冷たい雨は、容赦なく私を濡らしていく。




「智也君はさ、慧のこと、好きでいてくれてるんだね。」



「…そんなことない。」



雨音のせいか、本人の意図か、小さい否定の声が、微かに聞こえた。



「そんなことなくないよ。智也君は、慧が遊んでくれないから寂しくなって、前みたいに戻りたいって思って声を掛けてくれたんでしょう?違うかな?」



「違うよ!智也君が最初にっ…」




慧が途中でぶつりと言葉を切ったけれど、何気なさを装い、自転車を漕ぎながら。




「んー?最初に、どうしたの?」




なるべく軽く、訊ねた。




「…サッカーを教えてって言ったら…慧のパパに教えてもらえばいいでしょって…意地悪、、言ったんだもん…だから…一緒にいるの嫌になったんだ…」

私に気を遣ってか、とても言いにくそうにぼそぼそと呟く慧。


子供の悪意の無い言葉は、無垢過ぎて時折躊躇いも無く誰かを傷つける。



けれど、その要因はいつだって、大人なのかもしれないとも思う。



「そ…っか…。ごめんねぇ、慧。慧がそんなに辛い思いをしてるのは、ママのせいだよね。」



「………」



慧が返答に窮するのをわかっていながら、それ以上の上手い言葉は、何も思いつかなかった。