今日一日、瑠璃とは一切話さなかった。というよりも、視線自体を合わせなかった。合わせられなかったと言う方があってるかどうか知らないけど、瑠璃の事を見ることは出来なかった。昨日の瑠璃の言葉を思い出すだけで辛かった。
それで一度も瑠璃を見ることは出来なかった。瑠璃は俺の前の席だから、プリントなどで関わりはそこであるけど何も言えずに黙って受け取った。
そんな感じで一日は過ぎていった。俺と瑠璃は完璧に破局したという風に、学年全体に広まっているようで女子達がうるさかった。
視界の端に瑠璃が映る事はあったけど、話しかけることは無かった。

今日一日で、何人に告られたかわからない。正直どうでも良かった。
瑠璃以外の女なんて皆同じ奴にしか見えなかった。
「あの…鈴木君。ちょっといいかな?」
「…何…」
「杉原さんと別れたんだよね?私と付き合ってください。」
「…嫌だね。」
「どうして?」
「…瑠璃と別れたからって瑠璃が嫌いなわけじゃないし、たとえ付き合ったとしても瑠璃にした事を他の奴なんかに出来ない。」
「……」
言い過ぎたか?俯いて顔を上げない。
でも俺は良心なんて全く苦しくはなかった。瑠璃が完璧に俺の事を見ないとわかった以上、何もかもどうでも良かったから。
「それでもいい。こっちからお願いしたいの。私、親が勝手に決めた婚約者がいて…来週に結婚式挙げなきゃいけないの。それまででいいから、付き合って欲しいの。」
「…別の奴に頼めばいいじゃん。俺じゃなくてもいいだろ?」
「一度くらい学年で人気のある人と付き合ってみたいんだもの。お願いできない?」
「…さっき言っただろ?俺は…「キスとかそんなものしてくれなくて良いの。とにかく隣にいて欲しいだけ。名前で呼び合うだけで良いの。」あー、それだけならいいけど。」
「良かった、それじゃお願いします。」
ペコッと頭を下げて礼を言った。そいつの顔を良く見ると、生徒会の副会長だった。そういやこんな奴いたなとか今更思い出した俺。
「ね、屋上行かない?」
「なんで…?」
「屋上で聞きたいなぁって、杉原さんとの馴れ初め♪」
「んなっ!誰が答えるか!」
「ダメなの?それじゃ…どうして別れたのか聞きたいな。」
「教えられるようなもんはない。」
「…相談に乗るけど?無理してるんじゃない?」
「?!」
そう言うこいつの瞳は真剣だった。真剣というよりも、何もかも見透かしてしまうんじゃないかってほどで…俺はその瞳を見て、背筋が凍るような感じだった。
「…聞いてくれるのか?」
「いいよ、生徒の悩みを聞くのも生徒会の役目でしょ?」
「有難いのか、お節介なのかわかんねぇな。」
「さ!屋上行きましょ?冷♪」
グッと手首を掴んで、俺を引っ張って屋上に連れて行かれた。
屋上の扉を開いた先には、柵に肘を乗せて空を見ている瑠璃がいた。
風になびく綺麗な髪に俺は少し見とれていた。
「あ…」
「…?」
つい出た俺の声に気付いて、瑠璃はゆっくりと振り向いた。
「先客がいたか…」
「……」
「どうしたの冷~。」
後ろにいたこいつは、俺の背中で見えてなかったみたいでひょこっと顔を出して俺に聞いた
「いや、場所変えようぜ。先客がいた。」
「…もう移動するのでどうぞ。」
俺の顔を一瞬見ただけで、瑠璃は足元においてあった鞄を持って俺の横を通り過ぎて言った。
俺は動く事もできずに、ただその場に突っ立っていた。
「…いいの?きっと誤解されたよ?」
「良いよ別に。もう終った事だし…」
「ふーん。杉原さん、目に涙浮かべてた気がするけど…」
「…俺が触れるわけ無いじゃねぇか、俺が誤解作ったようなもんだし…」
「意気地なしなんだね。」
「どうとでも言えばいいじゃねぇか。」
俺は屋上に出て、柵に寄りかかって座った。
空は綺麗なオレンジ色に染まっていて、何もかも忘れられるような気がした。
いっそのこと、全部忘れられればいいのにな。
「後悔とか無いの?」
「あるに決まってんだろ?」
「なら何とかしなさいよ。私みたいになるわよ?」
「どういうことだ?」
「私婚約なんてしたくなかったのよ。でも、自分自身の気持ちをいえなくて結局強制的に婚約させられた。結婚と同時に学校辞めさせられるの。もうどうにも出来ないけどね。だから今楽しんでるの。後悔なんて残したくないもの。でも貴方はまだやり直せるでしょ?後悔の無い様に頑張りなさいよ。」
「…そうだな。そうするか。でも…俺瑠璃にハッキリと言われたんだよ。関わるなってだから…」
ズキッと心が痛んだ。自分で言ったんじゃないのに苦しかった。
「それって、本音なの?杉原さんの本音なのか聞いた?」
「言うって事は本音だろ?」
「そうとも限らないわよ?関わるなって貴方のファンクラブの人に言われたとしたら?杉原さんの性格なら、貴方を突き放す為に言ったとも考える事はできるんじゃない?」
そう言われた時に、俺はふと思い出した。今までの瑠璃の行動を…
嘘吐く時の瑠璃の癖も思い出した。
嘘を吐く時、必ず俯く事を今思い出した。
昨日俺が座ってたから気がつかなかったけど、あの状況で顔が見えなくなるまで俺を見下ろす必要はない。
俺って本当にバカじゃねぇか?何でそんな事にすら昨日気がつかなかったんだよ。これじゃ、後悔以上に何もかも失うじゃねぇか。
そんな自分にイライラしていた。
「サンキュ、俺やっぱ間違ってたわ。瑠璃を手放した事自体間違いだったけどな。」
「ファンクラブの子達はきっとまた何かしでかすと思うけど?」
「そうされる前に手は打つ。相談に乗ってくれてありがとな。」
「乗った気はしないどまぁいいや。追いかけたら?」
「おう、間に合うと思うし。またな!」
俺は駆け足で屋上から出て行った。
今ならきっと瑠璃に間に合うはずだ…

~屋上~
「…本当に鈍いなぁ…」
綺麗な空を見上げて、私は涙を流していた。
私はずっと鈴木君が好きだった。
中学は一応違ったけど、高校に上がってからも私はクラスで浮いていた。地味だってことで。鈴木君のことは遠目でしか見てなかった。クールに見える鈴木君は、杉原さんの前では笑顔でいるほうが多くて、そこで一目ぼれした。彼女さんがいるのにね。

…別れたからいけると思ったけど、やっぱり鈴木君は杉原さんしか見てないみたい。
ちょっとショック…
失恋か…
「悔しいな…」
下を見ると、鈴木君が走っていくのが見えた。
校門の先には杉原さんがいて、鈴木君に気がついたみたいで杉原さんも走っていった。
「頑張れ鈴木君。きっと上手くいくよ。」
私の恋はこれで終わり。さよならだね。

「君のことがずっと好きでした…」
聞こえないけど、走っている鈴木君の姿を見ながら私は言った。
さよなら、私の初恋…

こうして私の恋は幕を閉じた。