「ほら。前見て歩かなきゃ転ぶよ?」

「あ、なっちゃんありがと。」

「本谷?」

「うん。悟志もなんだけど冬真からも来た。」

「冬真から?よくトーク続いてるよね。」

冬真とはトークが一度も途切れた事がない。

「まぁね。」

"はよー!寒すぎるよね。ホッカイロ持ってくれば良かった!"

冬真とは何度か一緒に遊びに行っている程の仲。

冬真は文化祭の時に私がドラムを叩いているのを見てドラムに興味を持ったらしく、ドラムを教えて欲しいと言ってきた。

冬真は私にとって後輩でもあり、友達でもあり、弟子でもある。

なっちゃんと話をしたり、冬真とトークメールをしてるうちにバス停に着いた。

「ごほんっ…。」

妙にわざとらしい咳払いが後ろから聞こえた。

私は振り返ってみた。

「はよ。」

「あ、悟志!おはよー。」

「そうそう…空いてる日無い?」

「……どうして?」

「カラオケでも行こうかなって思ったんだよな。」

悟志とカラオケ!!

デートみたい……!
……………デートか。

「来週の午前放課になる時はどう?」

「球技大会の前の日か?俺は全然大丈夫。」

「んじゃあ、その日にしよ!」

淡々と予定が決まったところで丁度バスが来た。

私はなっちゃん達と合流し、悟志と別れた。

流石に一緒にバス乗ってたら怪しまれると思ったのだ。

ーピロロリン♪ー

"何顔赤くなってるわけ?"

"何でわざわざ離れたのにこんなに近いのよ!"

私は椅子には座らず、バスの前の方の吊り革に捕まって立っていた。

その隣の隣に悟志がいる。

"流れでそうなっちゃったんだもーん。"

"もうこっち見ないでよ!"

目が合う度に顔がどんどん真っ赤になって、目がキョロキョロする。
それに私は元々人とは目が合わせられない。
他の人とも合わせることが出来ないのに、彼氏と目が合ったら、倒れそうになる勢いになってしまう。

"こっち向け!"

"人と目合わせられないのー!!"

"そんなの普通だよ。ふ・つ・う!"

"苛めないでー!"

ちらりと悟志の方を見てみると、こっちを見てにやりと意地悪な笑みを浮かべていた。

それに加えて悟志がこっちを見ていたことによって目が合ってしまった。

"余計に顔真っ赤になってやんの!"

悟志は笑いを堪えながらそう送ってきた。

"馬鹿ぁぁぁぁ!!"

「ちょっと彩也!今日大学でしょ?」

「へ?」

バスの次の停留所の文字を見ると、附属大学前と表示されている。

「あー!!!」

急いでボタンを押し、悟志にトークを送る。

"今日大学だから次で降りるね!"

"え、降りんなよ。"

悟志を見ると、悲しそうな犬の様な表情を浮かべている。

乗って行ってしまおうかと思ったが、そんな私情で遅刻するなど許されない。

"ごめんね!また後で。"

"おう!授業頑張って来いよ!"

励ましの言葉にありがとうとお礼を返し、バスを降りる。

バスを降りて一人になったらある考えがふと頭に浮かんできた。

バスの中でも普通に一緒に居られたらいいのに。
スマホを使ってではなく、声と声で話せたらいいのに。
隣に居れたらいいのに。

そんな無理な願望が何処からとも無く溢れ出してくる。

私達が付き合っている事は決してバレてはいけない。

「秘密と言う名のの恋人でしか居られないんだ……。」

1時間程前までは晴れ晴れとしていた空も、だんだんと厚く、薄汚れた灰色の雲に覆われてきた。

まるで今の私の心の中を表している様に。