-待って、吉瀨くん、ごめんなさい、
あれは違うの。ねえ!
キキ――――ッ!!

またあの夢か・・・。もう何度目になるだろうか。そう思いながら航は目を覚まし、時計に目をやった。いつもならまだ寝ていられる時間である。だが今日、航は目を覚ますことにした。今日は高校入試の日だ。
航は生まれてから母の顔は知らない。父は
朝早くから航を思い、仕事へいくのだった。毎日リビングの机には必ず弁当がおいてあり、自分の制服も丁寧に畳まれている。航は今まで、父親に迷惑ばかりかけていた。だが、それも今日で終わりである。
航はいつものように寝室からリビングへ行くと、いつものように机には弁当がおいてあり一点、航は何か違うことに気がついた。弁当箱の上に置き手紙。そこにはたった4文字の温かい言葉、「がんばれ」。航はこのとき覚悟を決めた。今日は絶対に合格する、そして、親離れしても上手くやっていくこと。航が受ける高校には寮がある。
もう父さんには迷惑はかけない。そう思い、航は出陣した。


航は川原中学校というとても大きな学校へ入学した。小学校の親友とはクラスが離れてしまい、クラスで航は孤立していた。
別に人を避けていたわけではない。ただ打ち解けられる人が見つからなかったのだ。
部活はバスケ部に入部した。バスケは小学校のときからやっていた。1年の中では群を抜いて上手かった。そのため女子の相手には困らなかった。本来ならばの話だが。
航はそんなことに興味はなかった。ただバスケがしたかったからである。そして航は、1年でただ一人レギュラーに選ばれた。
だがこの結果は才能からではない。航の努力である。確かに生まれつき長身である航は優位には立てたが実際のところ、運動神経はあまり良くない。だから航は小学生の時から日が暮れ、さらに星が見える頃まで練習した。父はあまり気にせずただ応援だけしていた。しかもその練習はレギュラーに選ばれてからも行った。航はさらに上達していった。それを機に少しずつだが友達も増えていった。友達が増えたのは本当に嬉しかった。それに親友と呼べるような関係の友達もできた。早瀬竜 、灘凛 、黒砂孔生 。3人はそれぞれ違う部活であった。竜は野球部、凛は水泳部、孔生はサッカー部、航を含め全員秀才。まさに、類は友を呼んだのだ。4人は女子の注目の的だった。
航を除く3人には彼女がいた。3人は航も彼女はもてるのにもったいないと何度も言ったのだが航は気にも止めなかった。航はただ、バスケに打ち込んでいた。夏休みに入る前日、4人は戯れていた。凛が言う。
「おい、航。夏休みに入るんだから彼女作れよ!」「いや、俺は・・・。」竜が言った。「ま、作ろうと思って作れるもんじゃないわな。」孔生が続けた。「あ、お前夏休みに入ったら合宿あるんだろ? 」航がうなずいた。さらに竜が続けた。「違う学校と合同とかないのか?」航は首を傾げた。
凛が言った。「もしあったら、そこがチャンスだからな!」航はうんざりしながら言った。「おい凛、このやりとり何回目だよ。お前は何を求めてるんだ?」凛がわざとらしく、カッコつけて言った。「お前の幸せさ!」「嘘つけ。」「ダブルデートでも行きたいんだろ?」竜と孔生が息を合わせていった。「ちげえよ、全員だ!」3人は
同時に首を傾げた。「全員で行った方が楽しいに決まってんだろ!」3人は鼻で笑った。「そうかもしんねえけどさ・・・。」
航はため息をはいた。すると夏休み前最後の授業のチャイムが鳴った。

夏休みに入り、航は予定通りバスケ部の合宿があった。山の麓にあるとてものどかなところに合宿所があった。航は朝早くに起き、学校へ向かった。そのせいか、練習ではあまり調子が良くなかった。合宿なだけあって、いつもより内容がハードだった。
1日が過ぎ、2日目の朝、監督が言った。
「えー、少し手違いがあったみたいでな、今日から違う学校も使うらしい。まあ、俺たちが先客だからあまり気は使わなくていいがな!」監督はガハハと笑い、その日の練習内容を伝えた。すると体育館の扉が開き、人がぞろぞろと入ってきた。どうやら
違う学校と言っても、男子ではなく、女子バスケ部らしい。案の定、バスケ部部員がざわつきだした。航も何気なく目で追っていると、一人の女子と目が合った。その時
航は初めての感情を抱いた。「あの子可愛い。」その瞬間航は凛の言った言葉を思い出した。「彼女作れよ!」航はふっと笑った。そしてつぶやいた。「ああ、凛。みんなで行こう!」そして練習が始まった。最初はいつもどおりのフットワークからだった。それが終われば、今日は3on3だ。航はバスケをやってきて初めて目立とうとした。あっちも、練習を始めているようだ。
5分ほどのフットワークが終わった。しかし、航はすぐ察した。俺だけじゃねえ、
あの子を狙ってるのは。確かに、俺が可愛いと思うぐらいだから当然といえば当然か。航はまたふっと笑った。初戦は航と先輩2人対先輩3人。みんな殺気立っていた。ジャンプボールは先輩に任せて、そこからは・・・。開始のホイッスルが鳴った。取ったのは航。航はあの子の方をちらっと見た。向こうもこっちを見てる。航は怒らるのを覚悟してワンマンプレイに走った。
5人全員抜き、シュートを難なく決めた。
監督も先輩も口をあけていた。向こうの方もヒソヒソと話をしている。ほっとため息をついた。「つかみは確保できたかな・・」航はつぶやいた。すると、案の定監督に呼び出された。「おい、航。なんで今まで爪を隠してたんだ?」「え?」航は一瞬監督が何を言っているのか分からなかった。監督はメンバーを集めて、試合でピンチになったら航に回してみてくれと指示を出した。先輩たちは、不機嫌そうな顔をしてうなずいた。航は自分がいやになってきた。女子なんかに気を取られてゲームメイクを任されたりしたら、そんなにかったるいことはない。俺はサポート役なんだ。主役って器じゃない。そう思いながら、さっきの女子の方を見た。すると目が合った。向こうは慌てて顔を背けたが、航はそんなわけにはいかなかった。あの子には力む価値はありそうだ。再開のホイッスルが鳴った。

「ありざっした!!」
バスケ部の合宿の2日目の練習も終わり、残すところ後1日となった。先輩たちは疲れたと言いながら、床に倒れ込んだ。航もそうした。向こうの練習も今終わったようだ。向こうは女子のチームだからこちらみたいにだらしないことはしない。「あの子はいつ見ても可愛いな。」一人の先輩がとうとう口に出した。「俺もそう思ってたんだ。」「あ、おれも。」航は天井を見ながらため息をついた。全くこの人達は。と、思いつつ航もそう思っていた。もう一度目をそちらへやると、何やら向こうが航を見ながら、ひそひそ話していた。しばらくしてその可愛い子が航の方へ何人かを引き連れて歩いてきた。監督は空気を読んでか読めていないのかわからないが、全員を集合させた。向こうはは少し焦っていた。航は少し遅めに歩きながら、声をかけられるのを待っていた。何やってんだ俺は。ますます自分が嫌になった。「あ、あの!」全員が振り返った。皆、うん?と首をかしげた。だが先輩たちは、期待した自分を後悔した。目当ては航だった。走って一人で航の元へいった。航は焦っていた。思い返せば、女子と話すのは初めてだった。息を切らしながらあの子が話しかけた。「あ、あの・・・。」航は微笑むことしかできなかった。「初対面で悪いんですが、メアドとかって交換してもらえますか?」航は嫌な顔をした。これは自分に向けてだった。
向こうは顔を赤くしていた。表情に出てしまっていることに航は気づいていなかった。「悪い。俺ケータイ持ってないんだわ。」航は低いトーンで言った。すると向こうは少しガッカリしたような顔をしていた。これも決して悪気があったのではなく、緊張していたからこうなったのだ。向こうは少し泣きそうになりながらペコッと一礼して立ち去ろうとした。おれはほんと何やってんだ!「あ、おーい。その・・・住所なら・・・。」向こうはぱっと明るくなりポケットから紙と鉛筆を取り出した。きっとメアドを書くために用意していたのだろう。航は住所を告げた。彼女は一礼して走り去った。さっきと違いとてもうれしそうだった。でも言ったはいいけど文通かな。そう思い監督の元へ小走りで向かった。これが航と菜津のはじめの出会いで