「ハァハァ……」
息を切らして教室に入ると、千夏の存在を察知するセンサーでもついているのか、真っ先に侑が近付いてきた。
まったく。憎まれ口を叩くだけなんだから、他の女子のところに行けばいいのに。
「息切れとか、運動不足だな」
「屋上から走ってきたんですー」
「あ、呼び出されたんだっけか」
少し前まであなたが極悪犯人だと思っていました。
わずかながら罪悪感を感じて、片手を前に出す。
「んだよ。金はやんねえぞ」
「違うよっ」
当然わけもわからず侑は眉をひそめた。
そして思い出した、とでもいうように、腹の黒そうな笑顔を見せる。
「誰に呼び出されたんだよ。どうせ遊ばれただけだったんだろうけどな」
「……それが、マジなほうでした」
声の音量を下げ、睫毛を伏せてそう言うと、めずらしく空気が読めたのか顔を寄せてきた。
「本気と書いて、マジか」
「本気と書いて、マジです」
「返事はどうした」
「ちゃんと話も聞かず、逃げてきました」
「そうか。……は?」
その一拍遅れた反応は、昔から変わらない侑だ。
「危険を感じたんです」
「アホかお前は。マジもウソもねえじゃねえか」
侑の中でマジの対語はウソらしい。
「だって、慰謝料とられるかもしれなかったの」
「慰謝料?なんで告白に慰謝料が出てくるんだよ」
愛の告白をされたのかと思っているのか。
なんて、私も最初は勘違いをしてしまったけれど。
「まず相手は?」
現状、一番口にしたくない呪いのような名前だ。
「……早坂くん」
「み、みやび!?」
「声が大きすぎる!」
侑の声に反応して、数名がこちらを向いた。
噂されるのはごめんだ。
「みやびって、このクラスじゃねえか」
「……はっ」
「おいおい。……で、なんで慰謝料?」
それがね、と先ほど想像した最悪の一連を話そうとしたとき、ただならぬ気配を感じて顔だけ振り返ると、表情を曇らせた早坂くんが立っていた。