「えっと・・・、美咲・・・・ちゃん?」



さすがに顔を上げたのは、今までと違って名前を知られて呼ばれたから。


フイッと上に視線を上げれば、絡んだのはさっきまで女に囲まれ胡散臭い笑顔を振りまいていた男。


何故私の名前を?


そんな理由は多分私と同じようなものだろうと自己完結をする。


だってこの人は海里の旦那様の友人で、海里とも親しい仲なんだから私の事だって聞きかじっていても不思議じゃない。


それでも不躾に下の名前を呼ばれた事に少々の苛立ちもあって、特に表情を変えるでもなく淡々と自分の言葉を返していった。



「・・・・貴方は?どちらさま?」


「あ~、海里の、と、言うか、海里の旦那の友人かな」


「・・・名前を聞いてるんですけど。自分のは知られてて、相手の名前を知らないのは気分が悪いんで」



我ながら感じが悪いと自負している。


相手も多分そう思ったに違いない。


さっきの女達に向けていたような笑顔に余裕が無くなり、僅かに眉根を寄せたのを見逃さない。


それでもなんとか笑顔をつくり直す事に成功したらしい男が、気を改めてその口を開いてきた。



「ああ、ごめんね。俺は、平木 玄(ひらき はる)」


「・・・そうですか」


「・・・」


「・・・」




まぁ・・・知っていたし。


反応するところでもないかと無言でグラスに唇を寄せる。


中身を完全に飲みほして次のグラスを取りに行こうかと思ったタイミングに隣の壁に静かに寄りかかる気配に思わす振り返る。


そしてふわりと香ったのは私の苦手な煙草の匂い。


ああ、やっぱり存在も趣向も何もかもが相容れない。


改めてそう感じたその相手は特に話しかけてくるでもなくその場所に居座り始める。


無視して他の場所に移ろうか?


なんだか逃げるみたいで悔しいと思う気持ちから、グラスが空なのも忘れてその場に居続けてしまう。


会話もなく、ただ2人で並んでいるだけ。


これに何か意味があるというのだろうか?


結論、少し鬱陶しい。と打ちだすとようやく口を開き視線を移した。