「用事なんて分かってるくせに・・・・。


お前を口説きに来たに決まってるだろ」




当然だろ?


そんな表情で私を見つめると、ポケットから煙草を取り出し口にくわえるこの男。


私はあの出会った時から大っ嫌いで仕方がない。


そうしてほぼ毎日後悔するあの出会いでの失態。


こう言ったうんざりの毎日の会話を繰り返す事になった自分の隙にため息を吐いて頭をかかえる。


レジカウンターに両肘を付いて下を向いて悩んでしまう。


ああ、あの時間・・・私の一瞬の隙がこの男を侵入させてしまったんだ。


そう分かっているから自分に腹が立つ。


しかし、そんな悩みの間にも小さな隙を見つけた男が私の微力な心を弄ぼうと歩み寄っていた。


それに気がつかなった事もすでに一つの大きな隙。


パシリッ、と、腕を掴まれた時には遅く、後悔より早く来る煙草の香り。




味。





むせ返りそうな香りと味が唇を伝って私の中に流れこみ、私の抵抗を煙に巻こうと頭をぼんやりとさせてくる。


私の唇を残酷にも奪った男。










平木 玄。


玄と書いてハルと読むこの男。



最低最悪の大嫌いな男なんだ。






玄の熱く執拗なキスは私の抵抗を物ともせず押さえこんで続けられる。


逃げようともがけばもがく程その手に、香りに捕まって。


苦しいし泣きたい。


何でこんな事をされるんだろう。と感情が酷く乱れておかしくなる。





好きだから。





玄に直接問えばそう切り返されるだろう。



「んっ・・・はっ・・・・んんっ・・・・」


水槽のポンプ音に混じる自分の吐息やリップ音にクラクラして、





もう、イヤだ・・・。


ヤメテ!!






本気でそう思えばそれを待っていたかのようにゆっくり唇は解放された。


やっと煙草の匂いじゃない新鮮な空気を吸い込むと涙が浮かんでポロリと流れる。


本当にあり得ない・・・。




「あ~らら、今日はやめるの一瞬遅れたか?」



全く悪びれもしない男が再び煙草を口に戻すのを睨みつけ、涙の浮かんでいた目をごしごしと擦ると背中を向けた。


きっとその間もこの男は私の反応を楽しげに笑っているのだと理解して悔しさが込み上げる。