――『野咲にあの患者を担当させるんだって?』

『あぁ』

『“あの”って?』

『ほら、佐伯実華って子。もうけっこう長い事通ってんだけど、全っ然でさ。何聞いても“分かりません。思い出せません。”の一点張りで、けっこう手焼いてたんだよなぁ』

『あぁ〜、そういうのって1番嫌な質ですよね』

『でもま、なんたって野咲“先生”は俺達とは違って、エリート大を首席で卒業なさった方ですからね?“腕の見せ所”なんじゃないか』

『頭良くて性格良くて顔も良くてですからね〜。患者も“ある意味”心開いちゃうかもですよね〜』

『心だけじゃなく脚まで開くかもな』――



そう言ってゲラゲラと笑う声が、心の奥の奥の奥まで入り込んでぐりぐりと刺激する。



僕は、患者を任されたんじゃなくて、押し付けられた。

でもそんな事はいい。

初めは誰でもそういうものだ。いきなり小難しい患者を任せられるわけがないし、任されても困る。何の嫌がらせだって話だ。自分にも他人にも危害を加える事なく、特にこれと言って症状に変化の見られない慢性患者。それが新人にはもってこいだろう。



それよりも、僕の腹の中を不快感で一杯にしているのは、その後のほうだ。
エリートがなんちゃらの後。
正確には最後。



僕は別に正義感に溢れてるわけじゃないし、そんなもの持ち合わせているかさえ怪しい。

だけど許せなかった。
患者を侮辱するなんて。
いや、恐らく侮辱したとさえ思っていないであろうその軽はずみな発言が、どうしようもなく僕は許せなくて……。



無意識のうちに眉間にシワを寄せ思いっきり顔を歪ませた僕の口は、アヒルもびっくりする程に尖っていた。