お兄ちゃんがいる間に、思いきり甘えてやるんだと思ってたけど、実際はそうもできなかった。
働き者のお兄ちゃんは伯母さんの仕事以外にも、サーフィン仲間の仕事も手伝ってて、毎日あちこちへ出入りしてる。
花穂さんから頼まれた見張り番なんていらない程忙しそうで、どうしてそんなに動いてばかりいるのか分からなかったんだけど、最後の日の前日、海の家を手伝ってた時言ったんだ。

「明日から萌の記憶に惑わされずに済む…」

海を見ながら呟いた。
明日はお姉ちゃんの命日。お兄ちゃんと二人で、一日早いお参りに行った…。

去年と同じ。お墓の前で長い黙祷を捧げる。その横顔をじっと眺めた。


「……お姉ちゃんと何話してたの?」

墓地から見える青い海をバックに聞いた。

「いろんな話だよ。今の仕事のこととか萌の知ってる仲間のこととか…」
「花穂さんの話は?」
「…したよ。一緒になることを許してくれって…」

「結婚するの⁉︎ 」

いつか言ってた伯母さんのプロポーズの話が頭をよぎった。

「しようかな…と思ってる。花穂をあまり待たせたくないんだ…あいつ、前にいろいろあって、自分に自信無くしてるから」

意味深な言葉が気になる。
この間言ってた、ホントは彼氏彼女になりたくなかった…の原因は、そこにもあるんだと思った。

「プロポーズしたら、花穂さん自信戻るかな…」
「どうだろ…。逆に拒否するかもな…今の関係のままがいいって…」
「なんで⁈ 私なら好きな人がしてくれたら直ぐにオッケーなのに!」
「はははっ…綺良ちゃんならそうだろうな…!」

可笑しそう。私が子供で単純だから…。

「花穂は人にこっぴどく裏切られた経験があるから臆病になってるんだ。まぁ、臆病の点で言ったらオレも同じなんだけど…」

タバコに火をつけ、煙を吐き出す。
遠い目をしてるお兄ちゃんが、私にポツポツ話し始めた。

「萌が死んで地元に戻ってすぐ、伯母さんから教えてもらった観葉の仕事を始めたんだ。気候は違うし、育ちは違うし、最初はなかなか上手くいかなかった…。サーフィンしてた頃に似てる気がした…」

プロを目指してたお兄ちゃん。年に一回しかないプロテストに二度も落ちて、その度に暴れてた…。

「萌は…オレをいつも励ました。大丈夫、次こそは受かる!シンゴならプロになれる…って」

姉なら言いそうだと思った。自分の思いやワガママを押し通す代わりに、お兄ちゃんの夢も人一倍信じてたから…。

「地元に帰っても、上手くいかない時は必ず萌のその言葉が頭に浮かんだ…。だからこそ頑張れた部分も大きい」

視線が墓標を見つめる。お墓の中で姉が、どんな思いで聞いてるだろうと考えた。

「でも同時に、萌に縛られたと思う…。忘れたいと思うのに忘れられなかった…オレにとって萌は…想像以上に大きな存在だった…」

命日が近づく度に繰り返す悪夢。
荒れた海の中で、もの言わない姉と対面する恐怖…。

「忘れさせて欲しいと…何度願ったか分からない…」

苦しいくらいに伝わる気持ち…。それ程想われてた姉…。

「羨ましいな…お姉ちゃん…。そんなに好きでいてもらえて…」

私の言葉にビクつく。
振り向いたお兄ちゃんは違うんだ…と、小さな声を漏らした。

「好きでいたんじゃない…多分、恨んでたんだ…。いつまでもオレを離さない萌を、どこか憎んでた…」

好きと憎しみは表裏一体。どこからが好きでどこからが憎しみか分からない。
でも、同じ感情。人の気持ちはいつか癒やされる日が来る……。