「…落ち着いたか。」


「…っうん。」


ベッドに座って
あたしは涙を拭う。




「…別に昨日の事は何も思ってねぇよ。

レポートもあと2枚になったし
明後日は行くから。」




「…ねぇ。日向。

いつまで閉じこもっとく気?」



「はぁ?…俺別に閉じこもってなんかねぇよ。」


「…今のままなら
絶対後悔する。

日向はもしかしたら
病気で死んじゃえば

お母さんのところにいけるかもって
思ってるかもしれんけど


それお母さんは
絶対に喜ばないと思う。

お母さんは日向が生き生きと
前向きで元気に暮らすことを
望んでたはずだよ?


今の日向をお母さんが見たら
絶対悲しむと思う!!

それでもいいん?」




「…何度も考えたわ。
そんなことくらい。


でもまだ整理がつかん。


2年半が過ぎた今でも」






「…だからってこのまま」




「…っ


もう触れて欲しくねぇんだよっ!!!」





「…っ」





部屋に響き渡った日向の声。


それは苦しそうな声だったんだ。





「なんでお前らは
触れてくんだ。

俺の踏み込んで欲しくないところに
踏み込んでくんだよ。



煌月も海人も
お前も
凪紗ちゃんだって


本当は5年半の過去も
お前には知られたくなかった。


俺の家族
俺の病気


踏み込んで欲しくなくて
近づいて欲しくなかった。


ズカズカと入ってきては
俺の心乱して。


そういうのが一番辛いんだよ。
怖いんだよ。

しんどいんだよっ!!!」



「…日向。」


「…しんどいんだよ。

これ以上。」




あたしは思わず
隣に座った日向を抱きしめた。




「…日向は1人なんかじゃないよ。」



「…お前。」




…一人なんかじゃない。


…みんながいるんだよ。


…わかって欲しい。





ゆっくり腕を離すと
まっすぐ日向を見つめた。





「…もう。遅いよっ!!!!

しんどく思うのは
もう大切なものだって
気づいてるからでしょ?


あたしのことも
みんなのことも
思い出も

全部日向にとって
大事なものだって
思えたからでしょ!!?


大切なものが
大きなものになるにつれて
失う怖さが増す


だからしんどくなって
大切なものじゃないって
思い込んで心閉じて
自分を守るんやろ!!?」




「…わかったようなこと言うんじゃねぇよ。」




「…もちろん
同じシチュエーションで
同じ経験をすることはできないよ。

全てを理解することが
難しいことだってわかってる。



でも!!!!


大事な人が
どれだけ苦しんでるか


大好きな人だから
苦しみを理解したいって

そんな気持ちじゃダメ?」



「…」



下を向いて黙り込む日向。


…ダメだったとしても。

立ち向かわなきゃ
仲良くできない。
日向を救ってあげられない!!!



ーーー…ドフッ



あたしは立ち上がると
そのまま日向をベッドに押し倒した。



「…お前、何すんっ」



「…っ失くしたものが大きすぎて
埋め合わせがつかん時もある。

でも穴を埋めるだけが全てやないよ!



失ってしまったものを
元に戻すことができないんなら。


また1から新しく
大切なものを作ればいいやん。


小さいものを積み重ねればいつか
失ったもの以上のものができる。

そうやって集めたものは
いつか日向の頑張る原動力になるんだよ!!!


…今からでも遅くなんかない。
日向が一生懸命に取り組んでも
一生懸命に頑張っても
夢中になるくらい没頭しても
満面の笑みで笑っても
悲しくて泣いても

誰もバカになんてしない!!

みんな日向のこと
大事な仲間だって
思ってんだから!!!」





「…」




「もっと素直に生きようよっ!!

素直に生きていいんだよ?

自分の気持ちに
正直に向き合っていいの。


怖い気持ち
ぶち壊そうよっ!!
幸せ。なるんやろ?」


「…っ!!」


ハッとして涙を浮かべた日向。

上からみる日向は
また違って見えた。



…あたしはあの約束
ちゃんと覚えてたよ?




「…あの時。約束したじゃん。

あの約束だって大切なものなんでしょ?


じゃなきゃ。棚の上に
こんなもの置かないよね?」




「…それは。」



…あたしは気づいてた。

昨日来た時

棚の上に
幼い頃のあたしと
日向、美香、来夢が
うつった写真

幼い頃
まだ日向が笑顔だった頃の写真

2人っきりで手を繋いだ写真



たくさんの写真が飾ってあって。



その中には
今のクラスで撮った
行事の写真も飾ってあったこと。



本棚には昔のアルバムが
ちゃんと入れてあって
その奥には


あの時…


日向が好きだった絵本

児童館においてあって
よく2人で読んでた


”ひまわりの約束”

って本が
綺麗に入れてあったから。




大切にしてることくらい
すぐにわかったよ。



…だから





「…あの頃の思い出も
今の思い出も
大切にしてるんじゃん。



もうその段階なら
みんなとは友達だよ!!!
仲間だよ!!!

大切なクラスメイトなんだよっ!!


美香や来夢だって
大切な仲間じゃん。

あたしたち4人は
ずーっと昔からの幼馴染なんだよ?」




あたしの瞳から
静かに涙がこぼれた。



…溢れる想いを止められなかったんだ。




「…お前。泣くなよ。」



「…日向こそ。」


日向の目尻には
涙が流れた後が
蛍光灯に照らされて
キラキラ光る


日向が泣くなんて
珍しい


それに何故か
吹っ切れたような表情をしてる




「…葵。」

「…っ!どっどした!」


日向はゆっくりと起き上がって
あたしをそっと抱きしめた。


優しい日向。

でもまだ泣いてるみたいで
あたしに顔を見せてくれない。




…恥ずかしいのかな


そう思って
あたしは日向の顔色を
伺うことなく
抱きしめ返した。