「ダーリン」
俺の頭の中でだけだと思った。
だからすぐに響いた声に反応できず不動になると。
俺と声をかけてきた女の子の間にすっと入り込んでカウンターに手を置いた姿。
映る横顔は少し化粧っ気があっていつもより魅力を増す。
着ているワンピースは大人ッぽすぎないシンプルな物。
でも逆に彼女の魅力を高めているように感じる。
一瞬の非現実的な状況に唖然として馬鹿みたいに固まり彼女を見つめていれば、ゆっくりとこちらを振り返った姿に今以上に見惚れた。
美人・・・。
ごめん、それに比べたら後ろの子なんて追いつけないレベルです。
そして・・・ああ、俺、気がついちゃった。
千麻ちゃんのそのキツイ上目遣いに死ぬほど動悸が走るって。
「追加しましょう・・・・」
「・・・・・へっ?・・・何?」
突如投げられた言葉に間抜けな返答をしてしまったと思う。
それでも全く予測していなかった言葉に答えは見つからず、ただ動揺のまま彼女を見つめていれば。
「会社でも家でも・・・、外出時は場所と用途と時間をお伝えください。
・・・・・・・・分かった?・・・ダーリン」
言いながらおもむろに俺の頬をキュッと摘まむ。
悪い子供に言い聞かす様に。
ああ、そうか俺は君にとっていつまでも子供の様な印象で、だからこそなかなか優位に立てない。
でも・・・・そんな千麻ちゃんだから・・・。
「よく・・・ここが分かったね・・・」
「残念ながら・・・ご自身が常にGPS(携帯)をお持ちだとご理解下さい」
「有能な・・・秘書からのお願いだね」
クスリ、困ったように微笑んで見せる。
彼女の場合秘書と言う肩書の上でのほうが称賛に値すると思ったから。
だから・・・。
なのに・・・。
「違います」
響いた否定に不意を突かれる。
見事驚き示してその小柄な体を見降ろせば変わらぬ無表情で俺を見上げ、流行りものではなく彼女のイメージ合う淡い色味の唇が声を響かせた。
「これは、妻としてのお願いよダーリン」
「・・・っ・・・・つ・・ま?」
「もう、お忘れですか?不本意でもあなたが望んで私を娶ったんです。今更返品はききません。最低1年は傍に居続けますから」
「・・・じゃあ・・・俺と・・・千麻ちゃん・・」
呆気に取られながらカタコトの日本語で何とか言葉を交わし、そして確認するように自分と彼女を指さすと、
「夫婦ですが何か?・・・・・ご不満でも?」



