「・・・えっと・・・千麻ちゃん?」
色々な戸惑い孕んでの響きに気がついていたけれど聞こえないかのように視線を合わせず。
洗いあがった髪の水けをキュッと絞ってクリップで止めた。
そしてそのまま彼も身を置いている湯船に、向かい合わせで反対側に背中を預けて息を吐き目を閉じる。
一人で入浴しているかのように。
ピチョンと小さな音が反響し、頬や首の裏を髪から流れた水滴が滑って。
温かいお湯が肌に優しくて、一瞬緩和しすぎて状況を忘れそうな程。
「・・・・千麻・・・ちゃん?」
再度響いた声で意識の覚醒。
そうだった、今は自分一人ではなかったのだと思い出してゆっくり目蓋を開けて光を通す。
でもその視線はすぐに自分の指先に。
飾り気のない爪を確認するように触れて、相も変わらず彼の存在や呼びかけを無視してその場に身を置けば。
水面が揺れる。
チャプンと音が響いて、私の手に絡み付いてくる指先。
そして変に反響する声。
「・・・無視しないで、」
どこか寂しげに懇願するような声に、指先を絡められても戻さなかった視線をゆっくりと動かす。
絡んだのは声の通りに寂しげに歪んだ表情と揺れるグリーンアイ。
でも、ある意味こうなる事を狙って予想してここまでしたのだ。
「・・・・・『無視しないで』?」
「・・・・うん、」
「『無視しないで』とか言いますか?つい先刻まで全く同じ境遇を私に与えて、あからさまな苛立ちを私に示して断ち切ったくせに?」
「・・っ・・・いや、・・別にそんなつもりは・・・・ただ、ほら・・・千麻ちゃんもご存知のように今週は立て込んでて・・」
「ええ、存じてますよ。だからこそ理解して色々な不満飲み込んで、あなたの健康案じて思案して作った食事を食材無駄に翌朝自らの手で生ごみに化していたわけで。
今日だって毎晩まともな睡眠取れず寝不足な体に鞭打って帰宅を待っていた私に『起きてたんだ』『寝れば?』なんて嫌味な言い方した事だって受け流しましょうとも」
「・・・・・・・・・えっと・・・・・」
「気にしてませんとも。ええ、亭主関白にあこがれておられたあなたですもの、良き妻の心得として?育児や家事で疲労困憊の自分なんて押し隠して全て飲み込んで理想的妻を演じましょうとも。
それが・・・・私の【夫婦】としての【仕事】なのでしょう?」
「っ・・・・」
嫌な女だと分かる。
仕事で疲れて帰ってきている夫に自分も疲れているのに!と不満をぶつけて。
過去なら滑稽に思えたセリフも自分が曲がりなりにもその立場に置かれればやはり口にしてしまうものなのだと知った。



