コンコンと対面しているガラスの向こうからそれを小突いてくるのは良く見知った姿。
気まずそうにそこに存在するのはさっきまで不貞腐れていた我が夫様。
視線を絡めて、それでも不動に見つめ返していれば、少し戸惑いながら動きを見せた彼がガラスに息を吹きかけ曇らせると指先を走らす。
キュキュッと小さく響く音が収まり浮かんだ線。
『ごめんね』
その文字を捉えてから再度グリーンアイに視線を移すと、記した言葉の通りに動く唇。
本当に馬鹿なんだから。
露骨に溜め息を吐くような姿を示してから雑誌を棚に戻してレジに向かう。
手早く会計を済ませて外に出ると、さっきの位置で忠犬のように待っていた彼を振り返ってじっと見つめた。
先に動きを見せたのは彼。
その手には見慣れてその感触をしっかり記憶した私のマフラーが握られていて、ゆっくりと近づき私の前に立つと躊躇いながらもそれを首にかけてくる。
「・・・・・なるべく・・・・体・・冷やさないで」
そう言いながらしっかりと私にマフラーを巻きつけて、私がマフラーから彼の緑に視線を移せば、小さく息を飲んでから零れた言葉。
「・・・・・八つ当たりしてごめん」
「・・・・・別に、お坊ちゃまの我儘や理不尽な不機嫌には慣れてますが?」
「キッチンは・・・・片付けてきた・・・」
「・・・・・そう・・・・・
・・・・お疲れ様、・・・ダーリン」
そう言って口の端を上げると自分より高い身長の彼の頭をくしゃりと撫でた。
瞬間もどかしいような悔しいような表情を浮かべた彼は、私のお疲れ様にかかる対象を理解している。
片付けに対してじゃない。
2度も挑んだ彼の向上への努力に対して。
それを分かっているから彼もまた悔しさがこみ上げているんだろう。
だって彼は不器用だけども完璧主義者で、更にこの事に関しては完璧でありたかったのだろう。
・・・・今度こそ。
「・・・ごめんね・・・千麻ちゃん」
「・・・・謝る対象が分かりません。キッチンにですか?材料に対してですか?」
「・・・・・また・・・・完璧な本当の味を教えてあげられなかった」
言って心底消沈する彼は本当にその味を私に与えたかったのだろう。
でも決してその味を教えるのが目的じゃなく、示したかったのは・・・、
「・・・・・今度こそ完璧な絆を見せてあげたかった」
落胆した響きで彼が呟いた本心。
そう、その出来を完璧にすることで絆も確かだと今度こそ示したかったのだ、彼は・・・。



