この時点ですでに逃げ腰な自分に呆れつつも静かにリビングへの扉に近づき、意を決して口元に弧を描いて飛びこんでみる。
「ま、また、来ちゃった~」
なんだこのセリフ。
と、冷静に思ったのは結構あと。
言った直後は・・・・。
自分の横を小さく風を巻き起こして駆け抜けていく姿。
ふわりと風になびいた長い髪を追って視線を走らせれば、見慣れた細身の体の後ろ姿が扉を開いたままトイレに籠城。
そして咳き込むような響きでどうやら吐いているらしいことを理解。
ぽかんとリビングに入ったままの位置で不動になっていれば、ようやくふらりと姿を現した彼女が口元を手の甲で拭いながら俺を捉えてじっと見つめる。
吐いた直後の不快からなのか、それとも純粋に俺に向けてなのか眉根を寄せている姿に見事怯んで苦笑いを浮かべて流せば。
「・・・・・・ああ、・・・来てたんですか?」
「えっ?あ・・・・うん、」
「すみません。コンタクト取った直後だったので」
言いながら壁伝いに洗面所に向かう彼女に、どうやら特別お怒りは無いらしい。
そう悟るとようやく自分の金縛りも解け、鈍っていた思考も回復。
回復すれば今程吐いていた彼女の体調に意識が走り、足早に彼女の向かった洗面所に足を向け、到達する前に彼女が眼鏡を装着して姿を現す。
「お見苦しいところをお見せしました」
「あっ、うん・・・いや、大丈夫?」
「吐いたので逆にすっきりしてますが?」
「そ、そう・・・・」
「で?あなたは何しにまたここへ?」
さらりと何事もなかったかのように横をすり抜け会話を続ける彼女は平常通りで、俺の来訪や今の事態に特別焦りも怒りも見せてこない。
あまりにあっさりとしているからこちらの方が戸惑って、何でここに来たんだっけ?と考えてしまう程。
そんな俺に呆れた視線を残した彼女がリビングに入りこむ後姿をゆっくりと追って自分も進んで。
キッチンに入り込んだ彼女が冷蔵庫からビールを一缶取り出すと、すぐ隣の棚からグラスを一つ手に取った。
そして慣れた手つきでそれを対比よく注ぐと、俺のところに歩いてきて静かに差し出す。
「・・っと、俺・・・車・・・」
「・・・どうせこんな時間です。泊まっていけばいいんじゃないですか?」
「えっ?・・・・いいの?」
「・・・・・・大丈夫ですか?熱でも?」
「はっ?」
「いつもならこっちが拒んでも泊まっていこうとするくせに」
怪訝な表情で俺を見上げる彼女が、本気で俺の額に細い指先を伸ばしてくる。



