それをすかさず2つとも手にした彼がニッと口の端を上げると歩きだし、その姿に呆れて溜め息をついても今は従うしかないと少し速い心臓を宥めてゆっくり歩き出す。
彼がその身を置いたのは私がキープしたカウンター席の隣。
先にその身を椅子に置くと、紳士ぶって私に手を差し出してくる。
勿論その手には黒革の手袋が装着されていて、それでも一瞬目を細めその手を確認し見えていなかったように自分の椅子に座った。
「つれないなぁ。それとも恐い?」
「恐いですですねぇ。昨日隙を見せる毎に痴漢行為を繰り返した犯罪者と一緒ですから」
「ねぇ、そろそろその犯罪者ってやめない?」
「・・・・・だったら早く返して」
「返したら速攻で逃げ出すでしょ?」
「あとは警察に駆け込んであなたを突き出しましょうか?」
「頑なだなぁ、千麻ちゃんは」
「そうさせたのは誰ですか?」
「じゃあ・・・・姿勢を変えようか?」
堂々巡りで無駄な言葉遊びの会話。
こっちは必死に目的を果たそうと思っても愉快な言葉の切り返しに見事足を取られて前進しない。
そんな間にもじわじわと不安による緊張感も高まっているというのに。
最終的にぶっきらぼうに切り返せば、さすがに困ったように微笑んだ彼が僅かに思案の末に私の顔を覗き込んでの低姿勢。
相変わらずサングラスが邪魔だとも思う。
でもサングラスがあってよかったとも思う。
「お願い」
「・・・・・・」
「理由は俺の為じゃなくていいから、」
「・・・・・」
「USB(コレ)の為でいいから・・・今日は俺に付き合ってくれない?」
相変わらず・・・・狡いのね。
甘えたようにおねだりの時だけの低姿勢。
命令でなく『お願い』の姿勢になかなか『NO』と言えない私をこの人は知っている。
いくら不満に顔を歪めても、きつい言葉を口にしても、最後は頼んだ事をしてくれるだろう?と。
それは・・・・相も変わらず続く信頼だとでも言いたいのか。
なのに・・・馬鹿だ私も。
そこまで彼の計画だと分かっていながら・・・・何故か息苦しさが半減した。
それでもやはり完全に降伏なんてしたくない私は形ばかりは彼を睨んで。
そして彼の狡いところ。
『自分の為』ではなく『USBの為』と優先事項を置き換えている事。
私がその提案に乗りやすいように、私の為の逃げ口も用意して。
そこまでしてくれている提案に乗らない程私もあなたに冷徹でいられない。